暗号専門家と量子コンピューター、情報戦争(16:31)

クレイグ・コステロ(Craig Costello)
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対訳テキスト
講演内容の日本語対訳テキストです。
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私は秘密を守る仕事をしています これには皆さんの秘密も含まれています

暗号作成者は ある戦争の 防衛の最前線にいます 数世紀にもわたり続く戦争ー 暗号作成者と 暗号解読者の間の戦争です そしてこれは情報戦争です 現代の情報戦争は デジタルが戦場です 皆さんの電話 コンピューター インターネット上の戦いです 私たちの仕事は暗号化システムを作ることで 皆さんのEメールやクレジットカード番号 電話やテキストメッセージ しゃれた自撮り画像もこの対象です

(笑)

これら全ての情報は 受信すべき人だけが 解読できるようにしています

ほんの最近まで私たち暗号作成者は この戦争に永久に勝ち続けられる と考えていました 今 皆さんのスマートフォンは 暗号化技術を使っています このような暗号はこの先もずっと 解読不能なものだと考えていました 私たちは間違っていました 量子コンピューターが出現したからです 量子コンピューターはこの戦争を 完全に変えようとしています

歴史を通じて 暗号の作成と解読は いつもいたちごっこの戦いをしていました 16世紀にさかのぼると スコットランドのメアリー女王は 自分の兵士だけが解読できる ― 手紙を送ったつもりでいました しかしイングランドのエリザベス女王には 全文解読できる 暗号解読者たちがいました 彼らがメアリー女王の手紙を解読すると エリザベス女王の暗殺を 企てていることが分かり その後メアリー女王は 首をはねられました 数世紀後の第二次世界大戦では ナチスがエニグマを用いて 情報伝達を行っていました より高度に複雑で解読不能だと 考えられていた暗号方式です しかし素晴らしき アラン・チューリング が― 今でいうコンピューターを 発明した人ですが エニグマを解読する機械を作りました 彼はドイツ軍のメッセージを解読し ヒトラーの打ち立てた第三帝国の 息の根を止めるのに役立ちました このような話は 数世紀にわたって続きます 暗号作成者が暗号化技術を改良すると 暗号解読者はそれに応戦して 解読法を見つけます この戦争は一進一退を繰り返し 互角の勝負を続けています

これは1970年代に 暗号作成者が画期的な方法を 見つけるまで続きました 彼らは 非常に強力な暗号化の方法 「公開鍵暗号」を発見したのです 過去に使われてきた あらゆる方法と異なり 機密情報を送りあう2つの主体が 前もって暗号鍵を交換する必要がありません 公開鍵暗号によって私たちは安全に 通信することができるようになりました 世界中の誰とでもです データのやりとりをその人と したことがある無しに関わらず 皆さんや私が気づかないうちに通信してくれます あなたが友人にビールを飲みに行こうと メッセージを送ろうとも 銀行にいて多額のお金を 他の銀行に移そうとも 現代の暗号化技術によって 私たちはデータを安全に 数ミリ秒の内に送ることができます

この魔法を可能にした 素晴らしいアイディアは 高度な数学の問題に依存しています 暗号作成者は 計算機が解けない問題に 深い関心を持っています 例えば 計算機は どんな2つの 数字でも掛け合わせることができます どんなに大きな数字でも可能です しかし逆に 掛け算の答えから 「もとの2つの数字は?」 という問題になると 非常に難しい問題になります 「掛けて851になる 2桁の数字は何か」と質問したら 計算機を使おうと この部屋のほとんどの人は 答えを見つけるために 講演の終わりまで つらい時間を過ごすでしょう さらに もう少し大きな数字にしたら この計算ができる計算機は 地球上にありません それどころか 世界最速の スーパーコンピュータでさえも 掛け合わせてこの数字となる 2つの数字を見つけるために 宇宙の年齢より長い時間がかかるでしょう この問題は「因数分解」と呼ばれています 皆さんのスマートフォンや ラップトップが今まさに使っているもので 皆さんの情報を保護しています これが現代の暗号の基礎です 地球上のコンピュータを 全て集結しても答えられないという事実が 私たち暗号作成者が暗号解読者よりも 永久に優位な立場にあると 考えていた理由なのです

少し自惚れていたかもしれません なぜなら私たちが戦争に 勝利したと思ったまさにその時 多くの20世紀の物理学者が現れ それまで正しいと信じていた この世の物理法則はー 現代的な暗号理論が 基礎に置いていた法則ですが 正しくないこと明らかにしました 1つの物体が同時に2つの場所に 現れることはないと考えていましたが そうではありませんでした 時計回りと反時計回りに 同時に回るものなど無いと 考えていました しかしそれは間違っていました 反対方向に離れ離れになり 何光年も離れた2つの物体が 瞬間的に影響を与え合うことは あり得ないと考えていました これもまた間違いでした

これはいつも人生がたどる道 なのでしょうか? すべて準備が整ったと思ったちょうどその時 大勢の物理学者が来て この世の基本法則が 完全に間違っていることを 明らかにするんですよ?

(笑)

すべてを台無しにしました

小さな小さな亜原子である 陽子と電子の領域で 私たちが良く知り 愛している 古典的な物理学の法則が 去って行きました そして量子力学が入り込んできました 量子力学では 電子が時計回りと反時計回りに 同時に回っていて 陽子が2つの場所に 同時に存在できるのです まるでSFのようです しかしそれは この世における 奇妙な量子の性質が 私たちから隠れていたからなのです しかも20世紀になるまで 身を潜めていました しかし今や量子の性質が発見され 世界は軍拡競争に入りました 量子コンピュータ つまり 風変わりで狂気じみた量子のふるまいを 利用したコンピュータを作る競争です

これらはとても革新的で 強力なものです 比較したら 現在最速のスーパーコンピュータが 役立たずに見えてしまうほどです それどころか 強い関心が もたれているある種の問題に対しては 量子コンピュータに比べ 最速のスーパーコンピュータが そろばん程度にさえ見えてしまいます そう あの玉のついた 木製の道具のことです 量子コンピュータは 古典的なコンピュータでは成し得ない ― 化学や生物学的な過程の シミュレーションを行えます 地球上のある種の重大な問題の解決に 助けになること請け合いです 世界的な飢えの問題の解決や 気候変動への対処や まだ処置法が不明な病気や 大流行中の伝染病の治療法の発見に役立ちます 超人的な人工知能を作ることや おそらく これら全てのことより 重要なことかもしれませんが この宇宙の本質を 理解する手助けとなります

しかし この驚異的な潜在能力は 多大なリスクを伴います 私が先ほど話した 大きな数字を覚えていますか? 851のことではありません でも 因数を見つけるのに 気もそぞろな方のために 手助けしましょう 答えは23 X 37です

(笑)

私が話しているのは 後でお見せした もっと大きな数字のことです 現時点で最も速いスーパーコンピュータでは この世の終わりまでに 因数が見つけられないでしょうが 量子コンピュータなら 簡単に因数分解できるし ずっと大きな数字でもできます

皆さんや私をハッカーから守るため 現在使われているすべての暗号を 量子コンピュータなら破るでしょう 簡単にやってのけます 言い換えてみましょう 量子コンピュータが槍だとすると 数十年間 私たちを守ってきた 破られることのない現代の暗号は ティッシュペーパーで作られた 盾に過ぎないということです 量子コンピュータにアクセスできる人は マスターキーを持つことになります デジタル世界において 好きなものをなんでも開ける鍵です 彼らは銀行からお金を盗み 経済を支配できるでしょう 病院の電源を落としたり 原子爆弾を発射したりできるでしょう また ウェブカメラが撮影する私たちの様子を 気付かれることもなく 全てを盗み見することもできるでしょう

さて 私たちが普段使っている 全てのコンピュータが扱うこのようなデータの 基本単位は ビットと呼ばれています 1ビットは次の2つの数字のうちの1つー 0か1の何れかで表されます 私が遠くにいる母と フェイスタイムで通信したら 母はこのスライドを見て 私を殺そうとするでしょう

(笑)

私たちはまさしく0と1から成る 長い数字の列を送りあっています これはコンピュータ同士 衛星同士の間を行き来して 高速にデータを伝送しています ビットは本当に役に立ちます それどころか 現在のあらゆる技術が ビットの有用性の恩恵を受けています しかし ビットは 複雑な分子や粒子のシミュレーションが とても苦手だと分かってきました というのも ある意味で 亜原子の物理では 量子力学の 奇妙な法則に従い 同時に2つかそれ以上のことを 行っているのですから

前世紀末 とても聡明な物理学者たちが 独創的なアイデアを出しました 量子力学の法則に則った コンピュータを作るというアイデアです さて 量子コンピュータが扱う データの基本単位は 「Qビット(量子ビット)」といいます 「quantum ビット」の意味です 0か1かのような2つの状態に限られず 量子ビットは無数の状態を表します そしてこれは 同時に0でもあり1でもある 複合的な状態に対応しています これは「重ね合わせ」という現象です 重ね合わせの状態にある 2つの量子ビットがあると 4つの状態の組み合わせを 扱っていることになります 0-0、0-1 1-0、1-1のことです 量子ビットが3つあれば 8つの状態の重ね合わせを 扱っていることになります 以下同じように続きます 量子ビットを1つ増やすごとに 同時に重ね合わせる 組み合わせの数が 2倍になります 量子ビットの数を多くしていくと 同時に扱う組み合わせの数は 指数関数的に 増えていきます ここからまさに 量子計算が秘める能力の ヒントが得られたわけです

いま 現代の暗号化システムで 大きな数字を作る 2つの因数という秘密の鍵は 0と1からなる 長い数字の列に過ぎません 因数を見つけるために 古典的なコンピュータでは 全ての組み合わせを 1つずつ試し 暗号を破る唯一の組み合わせが 見つかるまで試行する必要があります しかし量子コンピュータでは 重ね合わせ状態にある 充分な数の量子ビットがあれば 全ての組み合わせから同時に 情報を引き出すことができます ほんの少しの手順で 量子コンピュータは 間違っている全ての組み合わせを無視して ただ1つの正解だけを取り出し 私たちの大切な秘密の鍵を 開けられます

いま 奇妙な量子のレベルで 驚異的なことが起こっています 多くの一線級の 物理学者の通念によると ― 皆さんに この通念を私と一緒に 信じてもらう必要がありますが 各組み合わせは 量子コンピュータ内部の パラレルワールドによって テストされます 個々の組み合わせは プールの水の波のように足し合わされます 間違っている組み合わせは 互いに打ち消しあい 正しい組み合わせは 互いに強め合います そして量子計算プログラムの終わりで 残っているものは すべて正しい解答であり 実際に正解を 確認することができます

この説明がわからなくても ストレスを感じないでください

(笑)

多くの仲間がいますよ ニールス・ボーアはこの分野の パイオニアの一人ですが こんな言葉を残しています 「ひどくショックを受けることなく 量子力学を思考できる人は 理解していない」と

(笑)

しかし皆さんは 私たちが直面する問題や 問題の解決が なぜ暗号作成者にかかっているか 理解されましたね 私たちは早急に 解決しなければなりません なぜならば量子コンピュータは すでに世界中の研究室に 存在しているからです

幸い現時点では 比較的小規模なものしか ありません もっと大きな暗号鍵を破るには 小さすぎます でもいつまでも 安全ではないでしょう 秘密の政府機関が すでに充分に大規模なものを 作っていて 秘密にしているだけだと 信じている人もいます まだ10年以上先のことだと言う 専門家もいます 30年先だと言う人もいます 量子コンピュータの実用化に 10年かかるのなら 暗号作成者が対策を見つけ インターネットを安全確保する時間が 十分にあると思うかもしれません

しかし残念ながら そんなに簡単ではないのです もし私たちが新しい暗号化技術の 標準化や展開に要する長い年月を 別にしても すでに手遅れになっているかもしれません 優秀なデジタル犯罪者や政府機関は 量子の将来を見越して 暗号化された最高機密データを すでに盗んでいるかもしれません 諸外国のリーダー 将軍 権力に疑問を呈する個人のメッセージは 今は暗号化されています しかし量子コンピュータを 誰かが手にする日が来れば すぐさま過去にさかのぼって いかなる暗号も解除できるでしょう 一部の政府や金融機関 軍事機関において 機密情報は 25年間 非公開にされています もし量子コンピュータが 本当に10年以内に登場したら 量子技術に対して安全な暗号化が すでに15年遅れていることになります

世界中の多くの科学者が 量子コンピュータの 開発競争をしている間に 私たち暗号作成者は その日が来るずっと前に 人々を守れる暗号技術の 開発ができるよう急いでいます 私たちは解くことが困難な 新しい数学の問題を探しています 因数分解の問題のように 現代のスマホやラップトップで 使用できる数学の問題を探しています しかし因数分解とは異なり 私たちはその問題を 量子コンピュータでも解けないほど 難しい問題にしなくてはなりません

近年 私たちは より広い数学の分野を掘り起こし そのような問題を探しています 私たちが探しているのは 皆さんが計算機で 馴染みのあるようなものとは異なる より風変わりで抽象的な 数や対象です 私たちは そんな巧妙な幾何学的問題を いくつか見つけたと信じています 今これらの問題は 私たちがペンと方眼用紙を使って 高校で解かなければならなかったような 2次元や3次元の幾何学問題と違って ほとんどの問題が500次元を 優に超えています つまり 方眼用紙に描き解くのに 少し難しいだけでなく 量子コンピュータでも解けない 問題だと信じています まだ時期尚早ですが 量子の支配する将来に向けて このデジタル世界を守ろうとする 私たちの願いががここにあります

他の科学者と同じように 暗号作成者は 量子コンピュータを活用する世の中の 可能性に とてもワクワクしています 永遠に使われる そんな力があるかもしれません しかし 将来どんな テクノロジーの世界になろうとも 秘密とは人間性に伴うものであり 守る価値のあるものなのです

ありがとう

(拍手)

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このプレゼンテーションについて

テクノロジーの未来を垣間見るこのトークで、暗号作成者のクレイグ・コステロ氏が、世界を変える可能性を秘めた量子コンピュータについて論じます。量子コンピュータは、現代の計算機の限界を突破しうるもので、暗号解読者にデジタル世界の暗号解読のマスターキーを与えてしまうかもしれません。コステロ氏と仲間の暗号作成者が、どのようにして暗号化技術を再開発しインターネットを守る研究に急いで取り掛かっているのか、ご覧ください。

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