コラム・連載

2023.6.15|text by 石井 正

第2回 迷ったら、やれ

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第2回

迷ったら、やれ

《 2023.6.15 》

この言葉をいつ、どなたに言われたのですか。

これは佐藤成(あきら)先生です。佐藤先生はお亡くなりになっているのですが、東北大学の第二外科で7つぐらい上の先輩です。佐藤先生は東北大学の移植再建内視鏡外科で特命教授を務められた伝説上の人物なんです。
外科医は色々な病院に手伝いに行きますし、もちろん自分の病院でも仕事をするわけですが、迷う場面があります。例えば、患者さんのお腹の中に膿が溜まっていそうであれば、ドレーンをお腹の中に通して、排膿という作業をするべきかどうか、この患者さんに中心静脈カテーテルを入れるべきかどうかなど、迷うんですよ。どの仕事でもするのか、しないのかを迷う場面はあるものでしょうが、私が佐藤先生から教えられたのは「迷った場合はやれ」というものでした。
心理学の研究者であるThomas Dashiff Gilovich博士は長年、このテーマを研究されているのですが、2018年の講演でも「You’ll regret more the things that you didn’t do rather than the things you did.」と述べられています。大和証券のテレビCMでもお馴染みになった言葉ですね。佐藤先生がこの言葉をご存じだったのかどうかは知りませんが、私たちがいた東北大学の第二外科でも「迷ったら、やれ」が浸透していました。
手術でうまくいかないとき、臨時手術をするのかしないのか、救急の患者さんに手術をするのかしないのかなどは特に迷います。もちろん手術をしない方が自分の身は安全です。手術は結局は危ない橋を渡りなさいということなので、勇気が必要なんです。人の身体を切りますし、ご本人やご家族への説明をしたり、術前の指示出しをしたり、手術室を予約したり、夜間であれば手術室のスタッフを集めたりと、色々な作業があります。もし失敗したら、責任を取らなければいけません。そうすると「では手術せずに様子を見ましょう」という不作為的な考えも出てきます。

これはどの仕事でもそうですよね。

どの仕事でもそうでしょう。「やらないけれども、それは仕方ない」と何かの言い訳で塗り固めれば、責任を問われません。手術には勇気も必要ですが、責任も負います。しないで済むなら、それに越したことはないんです。予定手術は皆で術前カンファレンスをしてオーソライズされているので、組織として同意の上でするものですから、そんなに不安になることはありません。
しかし臨時手術の場合は当番の人だけで行うこともありますし、もちろん上級医に報告はしますが、自分で決断することが必要です。先ほど言ったお腹にドレーンを入れる場合でも、お腹に管を入れるわけですから、何かの血管を傷つけ、出血するリスクもありますし、世の中も医師の失敗には厳しくなっていますので、怖いんです。でも「何もしないで様子を見ました。そこから悪くなっていったのですが、仕方ないです」と言う医師にはなるなということを第二外科で教わったのです。それが「迷ったら、やれ」です。
アクションを起こすかどうかで迷うのならやった方がいいです。結果として、うまくいかなかったとしても、Gilovich博士の言葉通りで、やらなかったときの後悔の方が大きい可能性があります。「あのとき、あれをしておけば、もう少しうまくいったのかもしれないな」という後悔ですね。だから、若い先生方も逃げない方がいいと思います。

自分に自信がないと、やらない方を選びそうになりますね。

世の中には2通りの人間がいると思っています。やらない理由を見つける人とやれる方法を模索する人です。だから、やらない理由を見つける人になるなと言いたいのです。

先生は災害救護の場面で、この言葉をどのように実践されたのですか。

何か課題があって、それを解決しないといけないというときに、それをそのままやりりましょうということですね。例えば、何かのイベントを実行するかどうかというときに「いや、それは◯◯のようなリスクがあるから止めておきましょう」「こういう問題があるから」「これは大丈夫なんですか」と言う人がいます。新型コロナウイルス感染症にしても「5類になったら、高齢者は見捨てられるのか」と言う人もいます。要するに現状維持派です。
でも、そうではなく、何かを始めるときには自分の信念に基づいて、これをするべきだと考えたならば「どうしたらできるんだろう」「こうすればできるんじゃないか」とアプローチしないといけません。私はそれを災害の現場でも大学の仕事でも実践してきました。

信念を持つことが大事なんですね。

現状維持派は大過なく過ごせる可能性はあります。リスクを最大限に回避すると、ミスにはならないですしね。それは自分の保身を図ろうとする「悪意の不作為」であって、信念がありません。私はそういう人間にはなりたくありません。そして、「そういう人間になるな」ということが第二外科の考え方でもありました。
これは自慢話でもありますが、私が若かった頃に医局におられた先輩の先生方、石巻赤十字病院の院長でいらした金田巖先生、東北大学に帰ってきてからの上司にあたる医学系研究科長や病院長といった先生方は皆、物事の判断基準を「自分にとって得か否か」ではなく、「正しいか否か」におく方々でした。だからこそ、私も先生方の指示に従おうと考えてきました。「自分が得することをやる」というのは自分はリスクを取らず、安全地帯に身を置いたまま、何もやらないで逃げることと同じです。
その結果、世の中や社会のコンディションが悪くなったとしても、自分の責任ではないし、自分には関係ないということになります。そういう人は信用できません。幸運にも、私がこれまで仕えてきた上司や先輩の先生方は「正しいからやるべきだ」という方々ばかりでしたので、私もそうなりたいなと思いながら仕事をしてきました。

著者プロフィール

石井正教授 近影

著者名:石井 正

1963年に東京都世田谷区で生まれる。1989年に東北大学を卒業後、公立気仙沼総合病院(現 気仙沼市立病院)で研修医となる。1992年に東北大学第二外科(現 先進外科学)に入局する。2002年に石巻赤十字病院第一外科部長に就任する。2007年に石巻赤十字病院医療社会事業部長を兼任し、外科勤務の一方で、災害医療に携わる。2011年2月に宮城県から災害医療コーディネーターを委嘱される。2011年3月に東日本大震災に遭い、宮城県災害医療コーディネーターとして、石巻医療圏の医療救護活動を統括する。2012年10月に東北大学病院総合地域医療教育支援部教授に就任する。現在は卒後研修センター副センター長、総合診療科科長、漢方内科科長を兼任する。

日本外科学会外科専門医・指導医、日本消化器外科学会消化器外科専門医・指導医、日本プライマリ・ケア連合学会プライマリ・ケア認定医・指導医、社会医学系専門医・指導医など。

石井正教授の連載第2シリーズは石井教授が新進の医師だったときに東北大学医学部第二外科(現 消化器外科)学分野(診療科:総合外科)で受けてこられた「教え」を毎月ご紹介していきます。

バックナンバー
  1. 地域医療を支えた東北大学病院の教え
  2. 10. 人生は全て修行だ
  3. 09. 始まれば、必ず終わる
  4. 08. 「そうすべきではないですか」ではなく「そうしましょうか」
  5. 07. まあ、診ますか
  6. 06. 手術はリズム、判断力、冷静さ
  7. 05. 世の中、いろいろだから
  8. 04. 求めなければ、何も得られない
  9. 03. 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ
  10. 02. 迷ったら、やれ
  11. 01. シミュレーションできるくらい準備せよ

 

  • Dr.井原 裕 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
  • Dr.木下 平 がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
  • Dr.武田憲夫 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
  • Dr.一瀬幸人 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
  • Dr.菊池臣一 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
  • Dr.安藤正明 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長
  • 技術の伝承-大木永二Dr
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