コラム・連載

2023.12.15|text by 石井 正

第8回 「そうすべきではないですか」ではなく「そうしましょうか」

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第8回

「そうすべきではないですか」ではなく「そうしましょうか」

《 2023.12.15 》

この教えはどなたからですか。

これは私が研修医だったときの上級医でいらした宮田剛先生に教えていただいた言葉です。宮田先生は現在、岩手県立中央病院の院長を務めていらっしゃいます。
仕事が楽しくて仕方ないという先生で、人柄が良く、ユーモアがあって、かつ実力も備えているので、人気があります。宮田先生には毎年、東北大学医学部の1年生に講義をしていただいています。東北大学の医学部に合格すると、入学したばかりの1年生は人生の勝ち組への切符をもらったような気になって、有頂天になっている学生が多いんですよ(笑)。
でも、ここから先が大変なのだということを毎年、講義しているのですが、そのときに宮田先生にもお越しいただき、卒業後のキャリアモデルとしてのお話をいただいています。ある意味、臨床医としての王道を歩んでおられる方だからです。
その宮田先生が教えてくださったのは、特に上司に提案するときの言葉遣いです。上司に対して「何々すべきではないですか」と理詰めで迫っても、うまくいかないことがあります。相手も人間だからです。人間は最終的には感情で物事を判断するのではないかと、私は思っています。言い方が気に入らないといくら正しいことを提案されても、残念ながらネガティブなバイアスが働いてしまう場合が多いのではないかと考えています。
一方で、言い方を含め、腑に落ちれば「まあ、わかった」となるのではないでしょうか。それはサイエンスとしては駄目な態度かもしれません。正しいことを言うことの何が悪いのか、正しいことが通らないのはおかしいのではないかとの反論も出そうです。しかし、言い方次第で結果が変わるのが世の中であると思っています。

ものは言いようですね。

年下やポジションが下位の人から「こうすべきです」と、強く言われると人間の性として「ちょっと待って」と言いたくなります。もちろん度量が大きな人なら平気なのでしょうが、普通はいらっと来ますよね。そこで宮田先生のアドバイスを思い出してほしいです。
例えば、抗菌剤をある患者さんに投与していて、それを変更したいと考えたときに、これを変更すべきだ、もしくは中止すべきだと自分なりに結論を下したとします。でも自分に裁量権がないと、指導医に提案しないといけません。
そのときに「抗菌剤Aは中止すべきじゃないですか」と断定口調で言うと「なんで」となってしまいがちです。そこで「抗菌剤Aを使っていますが、あまり効いていないんじゃないかなと思いますので、やめときますか」と聞くと、「そうだな」となるわけです。言い方によって、ネゴシエーションや提案の結果が変わるんですね。
これがいいことなのかどうかは分かりませんが、世の中はそういうものだと捉えて、交渉術や処世術として身につけておきましょうという話です。

これもコミュニケーションスキルの一つですね。

外科の世界は上は指導医から下は研修医までの縦の繋がりと、他科との連携やチーム医療などの横の繋がりが重要であり、調整力やコミュニケーション能力がないと、仕事になりません。
私は外科医になりたての頃にこのアドバイスを受けて、言い方次第で交渉の成否が決まること、調整とはこういうものなのだということを学びました。私は今年60歳ですが、今も言い方には気をつけています。

災害医療の現場でも役に立った教えですか。

災害時には知らない人が大勢やってきますし、知らない人の集合体です。100人ぐらいが集まってのミーティングでも90人ぐらいが知らない人なんです。
そこで色々なことを提案するときに「すべきでしょう」と言うと、「ちょっと待って」と言われかねません。災害現場では立てたプランを実行していくためにはチームからの信任が必要です。行政などの関係機関、支援組織、企業がこちらの提案を引き受け、動いてくれるような信頼関係を築いていくためにも言い方は重要です。
東日本大震災のときは日本全国から災害医療のエキスパートの方々がブレーンとして、数日交代で自主的に集まってくださいました。先生方からは多くの示唆や教えをいただきましたし、一緒に対応や戦略を練ることができたのはこのアドバイスのお蔭だと思っています。後になって、先生方からは「石井を放っておけなかった」と聞きましたが、このアドバイスを大切にしたからこそ築けた人間関係があったのでしょうね。

若手の先生方にもアドバイスをお願いします。

これは研修医にも伝えていることです。日本人にはアメリカ人のように小さい頃からディベートして、お互いの主義主張を真正面からぶつけ合う文化はありません。日本人としては相手の気持ちをまず考え、相手が不愉快にならないような言い方をする方がいいですね。
目的は自分の提案を通すことにあります。一生懸命勉強したうえで提案するわけですから、そのためのスキルを持つことが大切です。間違えた言い方によって提案を却下されるよりは、言い方を工夫することで良い結果に繋げましょう。

著者プロフィール

石井正教授 近影

著者名:石井 正

1963年に東京都世田谷区で生まれる。1989年に東北大学を卒業後、公立気仙沼総合病院(現 気仙沼市立病院)で研修医となる。1992年に東北大学第二外科(現 先進外科学)に入局する。2002年に石巻赤十字病院第一外科部長に就任する。2007年に石巻赤十字病院医療社会事業部長を兼任し、外科勤務の一方で、災害医療に携わる。2011年2月に宮城県から災害医療コーディネーターを委嘱される。2011年3月に東日本大震災に遭い、宮城県災害医療コーディネーターとして、石巻医療圏の医療救護活動を統括する。2012年10月に東北大学病院総合地域医療教育支援部教授に就任する。現在は卒後研修センター副センター長、総合診療科科長、漢方内科科長を兼任する。

日本外科学会外科専門医・指導医、日本消化器外科学会消化器外科専門医・指導医、日本プライマリ・ケア連合学会プライマリ・ケア認定医・指導医、社会医学系専門医・指導医など。

石井正教授の連載第2シリーズは石井教授が新進の医師だったときに東北大学医学部第二外科(現 消化器外科)学分野(診療科:総合外科)で受けてこられた「教え」を毎月ご紹介していきます。

バックナンバー
  1. 地域医療を支えた東北大学病院の教え
  2. 12. フィジシャン・サイエンティストに
  3. 11. 怒られるうちが花
  4. 10. 人生は全て修行だ
  5. 09. 始まれば、必ず終わる
  6. 08. 「そうすべきではないですか」ではなく「そうしましょうか」
  7. 07. まあ、診ますか
  8. 06. 手術はリズム、判断力、冷静さ
  9. 05. 世の中、いろいろだから
  10. 04. 求めなければ、何も得られない
  11. 03. 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ
  12. 02. 迷ったら、やれ
  13. 01. シミュレーションできるくらい準備せよ

 

  • Dr.井原 裕 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
  • Dr.木下 平 がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
  • Dr.武田憲夫 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
  • Dr.一瀬幸人 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
  • Dr.菊池臣一 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
  • Dr.安藤正明 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長
  • 技術の伝承-大木永二Dr
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