コラム・連載

2024.2.15|text by 石井 正

第10回 人生は全て修行だ

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第10回

人生は全て修行だ

《 2024.2.15 》

この教えはどなたからですか。

これは和賀井啓吉先生です。私は公立気仙沼総合病院(現 気仙沼市立病院)で初期研修をしたのですが、若いときには嫌なことも色々とあり、心が折れそうになることもあります。医師になりたての頃だと知らないことも多いし、失敗も辛いこともあるんです。私は今でも失敗しますが、若い頃は特に失敗しやすく、辛いと言えば辛い時期でした。
和賀井先生は当時、公立気仙沼総合病院の院長でいらっしゃいました。和賀井先生は既にお亡くなりになっていますが、神童と言われ、本当かどうかは確認していませんが、飛び級して卒業されたとも聞いているレジェンドのお一人です。
その和賀井先生が落ち込んでいる私に「人生は全て修行だ」と声をかけてくださっていました。研修医時代よりさらに遡れば、私はエリートなんかじゃ決してないんです。
大学に入学する前も2年浪人しています。現役のときと1浪した年に国立と慶應を受けて4敗し、2浪した年に東北大学と慶應を受けて、東北にしか受からなかったので、トータルで1勝5敗なんです。2年も浪人して辛い思いをして、ようやく入学できたときは「勝った」みたいな、今の1年生と変わらない心境でしたが、周りを見渡したら、地方の高校であまり受験勉強をしてこなかったような人たちが大勢あっさりストレートで入学しているんですね。そこで、知能の圧倒的な差を知りました。それからテニス部に入ったのですが、そこでも万年補欠だったんです。

上には上がいらっしゃったのですね。

大学を出て第二外科に入ってみると、手術がうまい人が大勢いました。後輩であっても勝てないなという人たちが一杯いましたが、それでも幸い周囲に恵まれて、色々なことを教えていただいて、その中で少しずつ前に進んで生きてきたと思っています。
基本的に私は負け組であり、そういうものだと認識していたので、逆に言えば、そういうストレスをずっと受け続けており、ストレス耐性ができたのかもしれません。

では、どういう人がストレスに弱いのでしょう。

何の障害もない、大谷翔平選手のようなスーパーエリートはストレスにも強そうですよね。であれば、ストレスに弱いのは中間の層でしょう。
スーパーエリートと私のような自称負け組の間にいる層で、大きな苦労もないままに偉くなったりしていると、何かあったときにガクッとなってしまいそうです。私自身は大した人間ではないと思っているので、少しぐらい嫌なことがあっても「人生は全て修行だ」と捉え、頑張るしかありません。
それからアドラー心理学とは逆になりますが、周りから文句を言われたり、怒られたくないという日本人らしい発想や気持ちもあります。「きちんと働いている石井正だと見られたい」という虚栄心が一つのモチベーションになって、やるしかないという精神力に繋がっているのかもしれません。

災害現場でもぶれずに指示を出せたのは精神力ですか。

いや、ぶれていましたよ(笑)。でもブレーンの先生方が1週間交代で来てくださっていたので、ぶれそうになったときにサポートしていただき、何とかやれました。
災害現場でもどこでも、知らない人を束ねていくリーダーは理念をきちんと打ち出すことが大事です。それが求心力に繋がるからです。チーム医療も同様ですね。個人で診療所を開業するにしてもスタッフを雇用するわけだから、理念やコンセプトは重要です。
それをぶれないものにしようとするとストレスがかかり、メンタルが折れそうになりますが、そこは「人生は全て修行だ」や前回の「始まれば、必ず終わる」を思い出して、愚直に頑張っていくしかありません。和賀井先生からは「嫌なこともクリアしていけば、自分の栄養や糧になる」とも習いました。

リーダーシップは手術の場でも必要ですか。

いえ、必要ありません。語弊があるかもしれませんが、手術ではチームとして、仲良く、楽しく、雰囲気良くやらないとうまくいきません。
手術中に喧嘩になったりすると、最悪です。私の知っている範囲では普段は厳しい先生でも手術中は怒ったりしません。あとで怒られることはあっても、手術中は怒らないんです。

それはどうしてですか。

怒ってもいいことにはならないし、あとで言えばいいことなので、手術中に怒っても仕方ないからです。それではリーダーシップとは何かと言うと、コンセプトを打ち出すことと雰囲気を出すことですね。
私は災害現場ではバラエティ番組のMCのような役回りでした。実際の救護計画はブレーンの人たちを中心に作ったり、皆でやっていくのですが、知らない人たちと交渉するにあたっては動じないふりをして、雰囲気を出すしかありません。そして言葉は良くないのですが、「空気を読む」ことですね。

ご本にもありましたね。

ほかの地域から手伝いに来た方が石巻の行政の方の文句を言ったことがありました。私たちはその方がものすごく頑張っていたのを知っていたので、ふざけるなと反論しましたし、禁煙指導やDV被害をなくそうといった提案をしてきた方には避難所で救護活動をしている人たちの空気を読みました。
私がミーティングで司会をしていると、その人たちが「何とかしてよ」という目で訴えかけてくるので、それを察知し、「先生のプランは素晴らしい。是非、やっていただきたい。では、明後日ぐらいまでに具体的なプランを持ってきてもらえますか」と言うと、「よく言ってくれた」という雰囲気になりました。空気を読むことが昔から得意だったとは思っていませんが、テニス部で副キャプテン兼練習係だったことが役に立っているのかもしれません。

若い先生方にアドバイスをお願いします。

チーム医療はコメディカルスタッフとともに進めていくものですし、グループ診療をするケースでは医師だけのチームもあります。そういうときには自分が相手から何を要求されているのかを考えましょう。
とは言え「自分はこう思っています」というメッセージを出すことも重要です。グループのリーダーになった場合はグループの構成員がどういうことを考え、自分に何を求めているのかを考えながら仕事をすることをお勧めします。

著者プロフィール

石井正教授 近影

著者名:石井 正

1963年に東京都世田谷区で生まれる。1989年に東北大学を卒業後、公立気仙沼総合病院(現 気仙沼市立病院)で研修医となる。1992年に東北大学第二外科(現 先進外科学)に入局する。2002年に石巻赤十字病院第一外科部長に就任する。2007年に石巻赤十字病院医療社会事業部長を兼任し、外科勤務の一方で、災害医療に携わる。2011年2月に宮城県から災害医療コーディネーターを委嘱される。2011年3月に東日本大震災に遭い、宮城県災害医療コーディネーターとして、石巻医療圏の医療救護活動を統括する。2012年10月に東北大学病院総合地域医療教育支援部教授に就任する。現在は卒後研修センター副センター長、総合診療科科長、漢方内科科長を兼任する。

日本外科学会外科専門医・指導医、日本消化器外科学会消化器外科専門医・指導医、日本プライマリ・ケア連合学会プライマリ・ケア認定医・指導医、社会医学系専門医・指導医など。

石井正教授の連載第2シリーズは石井教授が新進の医師だったときに東北大学医学部第二外科(現 消化器外科)学分野(診療科:総合外科)で受けてこられた「教え」を毎月ご紹介していきます。

バックナンバー
  1. 地域医療を支えた東北大学病院の教え
  2. 12. フィジシャン・サイエンティストに
  3. 11. 怒られるうちが花
  4. 10. 人生は全て修行だ
  5. 09. 始まれば、必ず終わる
  6. 08. 「そうすべきではないですか」ではなく「そうしましょうか」
  7. 07. まあ、診ますか
  8. 06. 手術はリズム、判断力、冷静さ
  9. 05. 世の中、いろいろだから
  10. 04. 求めなければ、何も得られない
  11. 03. 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ
  12. 02. 迷ったら、やれ
  13. 01. シミュレーションできるくらい準備せよ

 

  • Dr.井原 裕 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
  • Dr.木下 平 がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
  • Dr.武田憲夫 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
  • Dr.一瀬幸人 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
  • Dr.菊池臣一 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
  • Dr.安藤正明 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長
  • 技術の伝承-大木永二Dr
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