コラム・連載

2023.8.15|text by 石井 正

第4回 求めなければ、何も得られない

このページをシェアする:

第4回

求めなければ、何も得られない

《 2023.8.15 》

この言葉をどなたに言われたのですか。

これは森野一真先生です。森野先生は現在、山形県立河北病院病院長、石巻の災害医療ACT研究所の理事長を務めていらっしゃいますが、東日本大震災のときは山形県立中央病院の副院長をされていて、石巻に助けに来てくださったんです。
この言葉は森野先生だけでなく、同じく助けに来てくださった長岡赤十字病院の内藤万砂文先生もおっしゃっていました。お二人とも災害医療の世界での私のメンター的な方々です。
それから私が新人の頃、2つ上にいらした板倉亮子先生という女性の先生もよくおっしゃっていました。板倉先生からは「指示待ちしたり、教えてもらえると思って、そこに座っているだけでは駄目だ」と結構厳しく躾けられましたね。私が「どうしたら、いいんですか」と聞くと、「仕事はあるでしょ」と言われていました。今はそういう教え方を若い人にすると、泣かれるかもしれませんし、パワハラになりかねませんが、当時の第二外科はそういうところでした。自分の考えなく、「どうするの」と座って待っているだけなのは社会人として失格だということです。
どんな仕事でもそうでしょうが、仕事を覚えるにあたっては自分から積極的に取り組まないといけないということですね。その道のプロとして働いていくにあたっては自分で興味を持ち、色々な知識やスキルを獲得していこうとする積極的な姿勢が重要です。

災害医療の現場ではその教えがどう活かされたのですか。

災害医療の現場にも「情報がないから、分かりません」「知りません」「情報がないから、しませんでした」と言う人がいます。先にお話しした「迷ったら、やらない人」「やらない理由を探す人」に通じることでもありますが、そういう人は一定数います。情報がないのであれば、情報を取りに行けばいいんです。
被災地の支援に被災地から要請がなくとも必需品と思われるものを支援するプッシュ型支援や被災地からの要望に応じて支援するプル型支援という仕組みがありますが、発災直後はプッシュ型支援が必要です。このときに「求めなければ、何も得られない」という教えを思い出しました。一般的には「便りのないのは良い便り」ですが、災害時には「便りのないのは悪い便り」です。なぜなら被災者は発信できないからです。
これは震災の被災者に限ったことではなく、山や海での遭難者も同様です。発信できればまだ良いのですが、発信できない場合はかなり良くない状況なのだと思わなくてはいけません。したがって、助けに行く側、支援する側は被災地にはどういうニーズがあるのかを調べ、確認することが重要です。

それがアセスメントに繋がったのですね。

「求めなければ、何も得られない」という言葉に後押しされ、328カ所の避難所を一気に回ることにしたのです。当時は17の支援救護チームがいたのですが、そのチームに依頼し、3月17日からアセスメントを行い、19日に終了しました。
その後もアセスメントを継続し、9月30日に活動を終えるまで、毎日データを更新し、全て時系列に沿って保管しました。状況の変化を把握するためと、支援の妥当性を検証するためです。このような発災直後からの避難所のデータが継続的に記録されたのは日本の災害救護活動史上、初めてのことだそうです。でも、勘違いしないでいただきたいことがあります。

どのようなことでしょうか。

災害後の急性期を過ぎ、亜急性期から慢性期に入り、少しずつ落ち着いてきたりすると、過剰に災害救護ニーズを掘り起こそうとする人が出てきます。私はそれは違うと思います。自分たちがするべきことがなくなったから、何かできることを探そうというのは過剰な支援であって、被災者の方々の自立を妨げます。これは現在は常識になっていることですが、東日本大震災のときはそういう人たちがいて、「被災者のニーズを分かっていない。お節介だ」と避難所からクレームが来たこともあります。

折り鶴や寄せ書きも必要がないと言われていました。

折り鶴や寄せ書きは落ち着いてからだと「いただけて良かったな」と思えるものですし、石巻赤十字病院にはきちんと飾られています。
でも上水道、下水道も破壊され、食料もない避難所で、3週間ぐらい入浴もしていないという方々に対しては不要でしょう。日本人は優しいので、「お気持ちだけいただきます」「ありがとうございます」と言うわけですが、発災直後の急性期にはこちらから情報を取りに行き、ニーズを見極めて、プッシュ型支援に繋げていかなくてはいけません。
そして慢性期になったら、無理に災害救護ニーズを掘り起こさず、用済みであれば引き上げればいいだけです。「被災地で活動したいから、ニーズを掘り起こしている」というのは前提が違いますし、手段が目的化しています。

この教えを若手医師にお伝えいただけますか。

その道で仕事をしていくのであれば、自分から積極的に情報を取る姿勢や自覚を持つことです。受け身型の人間は進歩しません。でも、今は教育は与えられるものであるという考えも増えてきているので、強制はできないかもしれませんね。

著者プロフィール

石井正教授 近影

著者名:石井 正

1963年に東京都世田谷区で生まれる。1989年に東北大学を卒業後、公立気仙沼総合病院(現 気仙沼市立病院)で研修医となる。1992年に東北大学第二外科(現 先進外科学)に入局する。2002年に石巻赤十字病院第一外科部長に就任する。2007年に石巻赤十字病院医療社会事業部長を兼任し、外科勤務の一方で、災害医療に携わる。2011年2月に宮城県から災害医療コーディネーターを委嘱される。2011年3月に東日本大震災に遭い、宮城県災害医療コーディネーターとして、石巻医療圏の医療救護活動を統括する。2012年10月に東北大学病院総合地域医療教育支援部教授に就任する。現在は卒後研修センター副センター長、総合診療科科長、漢方内科科長を兼任する。

日本外科学会外科専門医・指導医、日本消化器外科学会消化器外科専門医・指導医、日本プライマリ・ケア連合学会プライマリ・ケア認定医・指導医、社会医学系専門医・指導医など。

石井正教授の連載第2シリーズは石井教授が新進の医師だったときに東北大学医学部第二外科(現 消化器外科)学分野(診療科:総合外科)で受けてこられた「教え」を毎月ご紹介していきます。

バックナンバー
  1. 地域医療を支えた東北大学病院の教え
  2. 12. フィジシャン・サイエンティストに
  3. 11. 怒られるうちが花
  4. 10. 人生は全て修行だ
  5. 09. 始まれば、必ず終わる
  6. 08. 「そうすべきではないですか」ではなく「そうしましょうか」
  7. 07. まあ、診ますか
  8. 06. 手術はリズム、判断力、冷静さ
  9. 05. 世の中、いろいろだから
  10. 04. 求めなければ、何も得られない
  11. 03. 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ
  12. 02. 迷ったら、やれ
  13. 01. シミュレーションできるくらい準備せよ

 

  • Dr.井原 裕 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
  • Dr.木下 平 がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
  • Dr.武田憲夫 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
  • Dr.一瀬幸人 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
  • Dr.菊池臣一 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
  • Dr.安藤正明 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長
  • 技術の伝承-大木永二Dr
  • 技術の伝承-赤星隆幸Dr