-
妊娠中に体重が過剰に増えた女性は、将来的に高血圧や糖尿病などの慢性疾患になる人の割合が高かったとする研究結果を、国立成育医療研究センター(東京)のチームがまとめた。高血圧を発症した人の割合は、体重増加が適切だった女性と比べて、約1・5倍高かった。
こども家庭庁の指針では、妊娠中の適切な体重増加量は、妊娠前の体格の指標となるBMIが「やせ」(18・5未満)の人は12~15キロ、「普通」(同18・5~25未満)の人は10~13キロが目安となっている。
研究では同センターに通院した妊婦の母親に協力を求め、1976~97年に出産した、妊娠前のBMIが「やせ」か「普通」だった女性318人(平均64・3歳)を対象にした。妊娠~出産時(同28・5歳)の体重変化について母子手帳のデータを収集し、現在糖尿病や高血圧などの持病があるかアンケートで尋ねた。
その結果、体重増加が目安を上回っていたグループは、目安内で適切だったグループと比べて、高血圧を発症した割合が約1・5倍高かった。糖尿病では約1・4倍、肥満(BMI25以上)になった割合も約1・8倍高かった。
同センター産科の小川浩平診療部長は、「適切に体重を増やすことは、赤ちゃんだけでなく、妊婦自身の健康を守るためにも重要だと確認できた。妊婦が痩せていると、低体重の赤ちゃんが生まれるリスクもあるので、主治医の指示をよく聞いてほしい」と話している。
-
増加する高齢者の救急搬送に対応するため、厚生労働省は、新たな受け皿となる「地域包括医療病棟」を創設する。地域に根差した中小病院を中心に設け、高度な医療を担う大病院との役割分担を図る。看護師などを手厚く配置し、治療からリハビリ、退院に向けた支援までを一貫して提供して、早期に自宅に戻れるようにする。2024年度の診療報酬の改定に盛り込む。
新病棟は、高齢者の救急患者の受け入れやケアに必要な体制を備えるのが特徴だ。高齢者に多い誤嚥性肺炎や尿路感染症などの患者を想定している。入院中は体力を維持するため、リハビリや栄養管理で支援し、退院後の生活相談、在宅復帰後に必要な介護サービスの調整までを包括的に提供する。
看護師は、患者10人につき1人以上、夜勤は2人以上を病棟に配置するという施設基準を設ける。リハビリなどを行う理学療法士や作業療法士、言語聴覚士、管理栄養士を常勤で置くことも求める。診療報酬改定では、導入した医療機関に対する新たな入院料を設けて整備を進める。
近年、65歳以上の高齢者の救急搬送件数は増加傾向にある。総務省消防庁によると、22年は386万人に達し、10年前より100万人以上も増え、救急搬送全体の6割を占めている。搬送件数は35年にピークを迎えると見込まれている。
一方で、高齢者の救急患者のうち、9割が軽症・中等症患者だ。大病院に運ばれて治療を受けても、入院中にリハビリなどが十分に行われず、結果的に心身の機能が低下してしまうことが指摘されている。
厚労省はこれまで「団塊の世代」が全て75歳以上になる25年を見据え、治療後の在宅復帰を支援する「地域包括ケア病棟」を14年に新設し、拡充を進めてきた。23年5月時点で約2600病院に約10万床が整備された。高齢者の救急搬送受け入れにも対応してもらうことが期待されていた。
しかし、症状が安定した患者を想定した病棟であるため、病院側から十分に対応できない場合があるとの声が上がっていた。地域包括ケア病棟は看護師が患者13人につき1人以上配置されている。新病棟はさらに手厚くすることで、救急患者への対応を可能にする。
◆診療報酬 =医療機関や調剤薬局
-
関東甲信の大雪は6日未明にピークを過ぎ、同日朝には多くの地域で小康状態となった。鉄道などの交通機関の乱れは一部で続いているが、高速道路の通行止めも解消に向かう見通し。ただ、気圧の谷などの影響で6日も雪や雨が降る所があり、気象庁は路面凍結などによる交通障害に注意を呼びかけている。
東京消防庁によると、東京都内では5日から6日午前10時までに4~92歳の男女計109人が転倒するなどして救急搬送された。
関東甲信の9都県に出されていた大雪警報は6日朝までにすべて解除された。気象庁によると、6日午前8時現在の積雪は、前橋市7センチ、都心6センチ、さいたま市5センチなど。
高速道路は関東甲信越、東海地方の広い範囲で通行止めが行われ、国土交通省によると、6日午前5時時点で、41路線325区間に及んだ。周辺道路などでの大規模な立ち往生は発生しなかったという。通行止めは除雪作業が完了し次第、順次解除される見通し。
JR中央線の高尾―富士見間は始発から運転を見合わせ、6日午後1時に再開予定。西武池袋線などの一部の列車は運休している。そのほか都内を走る多くの在来線は一部で遅れはあるが始発から運行している。
-
医療機関が被害を受けた能登半島地震の被災地で、コンテナ型の医療救護所での診察が行われている。避難所では新型コロナウイルスなどの感染症患者を隔離するスペースが少なく、プライバシーに配慮した対応も難しかった。感染症拡大を防ぐためウイルスを室外に出さない機能を備えたコンテナもあり、活用が広がっている。(広瀬航太郎、小山内裕貴)
「喉に痛みがある」
石川県珠洲市の市立宝立小中学校に設置されたコンテナ型の医療救護所で、避難者の男性(61)がせきや鼻水などの症状を訴えた。高槻病院(大阪府)から支援に来た医師(49)は抗原検査をスタッフに指示し、新型コロナの陽性と診断した。
男性は受診する2日前に喉の違和感を覚えて避難所を離れ、倒壊を免れた自宅物置で寝泊まりしていた。解熱剤を処方された男性は、「かかりつけ医はどこも被災していて困っていた。近くで診てもらえてよかった」とほっとした表情を見せた。
厚生労働省と内閣府は被災地の医療態勢を補うため、コンテナを所有する病院などに派遣を要請。先月31日時点で珠洲市や輪島市、志賀町の3市町に計21基が設置された。さらに追加する予定もある。
宝立小中学校のコンテナは幅2・4メートル、奥行き6メートルほどで、医師2人を含む7人で運用している。長引く避難の影響で高血圧や歩行障害などの訴えが多く、片付け中のけがや、やけどの患者もいるという。
このコンテナは「発熱外来」としての使用を想定し、ウイルスや細菌を紫外線で不活性化する設備を備える。地震直後に駆けつけた医療チームは避難所を巡回し、避難者が行き来する廊下についたてを設置するなどして診察していた。
石川県医師会によると、能登半島北部の4市町にある診療所など約30か所のうち、通常診療を再開できたのは2日現在で輪島市と能登町、穴水町の計11か所で、珠洲市の6診療所は再開できていない。
NPO法人が運営する「空飛ぶ捜索医療団ARROWS」の一員として医療コンテナでの活動に参加した医師(救急医)は、「診療所が再開できるまで、医療コンテナが地域の医療を支えることになるだろう。在宅避難者もいるので、活動して
-
震度7に見舞われた石川県輪島市では家屋被害が2000棟を超え、多くの人が避難を余儀なくされた。池端幸子さん(76)は、家族7人で1台のワゴン車の中で元日の夜を明かした。
翌2日早朝、幸子さんは普段と変わらぬ様子で近所の人と話していた。しばらくして異変が起きた。「胸が痛い」と訴え、顔色が真っ青になった。幸子さんには高血圧の持病があった。次男の忍さん(46)があわてて薬を探したが、見つからなかった。119番通報したが、「すぐには行けない」と断られた。
忍さんの運転で地元の病院に連れて行った。道路の地割れのため、ゆっくりとしか進めない。
午前11時に到着、検査を受けると「大動脈が破裂しかけている」と説明された。ドクターヘリを要請してくれたが、昼頃に容体が急変し午後1時過ぎ、息を引き取った。
「いつもにこにこ笑っている人だった。本当に元気だったのに、あまりに突然で信じられない」と忍さん。輪島市に災害関連死の申請をするつもりだという。
急激な環境変化に伴うストレスは高齢者の持病を悪化させかねない。高血圧の場合、命にかかわる心臓や血管の病気を招く恐れがある。心臓病などの急変は、発災当日から起こり得る。
輪島市の高齢者施設の入所者たちは1月4日に近くの避難所に移った。道路が壊れて車が通れず、寝たきりの認知症の90歳代女性は雨の中、担架で運ばれた。
避難所に着いた時には体が冷えていた。職員が使い捨てカイロで必死に全身を温めたが、衰弱が進み、6日に亡くなった。施設管理者の男性は「寒い中の避難で負担が大きかったのだろう」と話した。
過去の震災の災害関連死を分析してきた奥村与志弘・関西大学教授(総合防災・減災)は「高齢者が多い地域では、災害関連死が増えやすい。避難生活が長引けば関連死のリスクはさらに高まる」と指摘する。
奥能登の高齢化率(人口に占める65歳以上の割合)は50%前後で、全国平均より約20ポイントも高い。
避難所のストレスに寒さや栄養が偏った食事が重なると高血圧が悪化する。床で雑魚寝だとホコリを吸いやすく、
-
新型コロナウイルスの感染状況について、厚生労働省は26日、全国約5000か所の定点医療機関から15~21日の1週間に報告された感染者数が1医療機関あたり12・23人だったと発表した。10人を超えるのは、昨年9月18~24日の1週間(11・01人)以来。専門家からも「新たな流行期『第10波』に入ったと言える」との声が出ている。
前週(8・96人)の1・36倍で、9週連続の増加となる。都道府県別では、福島(18・99人)が最も多く、茨城(18・33人)、愛知(17・33人)が続いた。
インフルエンザも1医療機関あたり17・72人で、前週(12・99人)の1・36倍となり2週連続の増加。
東京医科大の浜田篤郎特任教授(渡航医学)は「新型コロナは既に冬の流行期に入っており、『第10波』と言える。オミクロン株の新系統『JN・1』の拡大もみられ、今後の動向に注意が必要」と指摘する。国立感染症研究所の推計では、1月29日~2月4日の週には、JN・1が新規感染者の43%を占めるとされる。
-
国立がん研究センターは25日、2011年にがんと診断された患者約36万人の10年生存率が53・5%だったと発表した。前回調査(10年)より0・2ポイント上昇した。あわせて、小児(15歳未満)と、思春期以降のAYA世代(15~39歳)の10年生存率を初めて公表、小児がんは約7~9割と、5年生存率と大きな差がなかった。
全国のがん診療連携拠点病院などが参加する「院内がん登録」の大規模データから集計した。前回に続いて、純粋にがんのみが死因となる場合を推定した「純生存率(ネット・サバイバル)」を算出した。部位別の10年生存率は、前立腺がんで85・4%、乳がん(女性)で82・9%、大腸がんで57・9%、胃がんで56・8%などだった。
また、小児がんとAYA世代のがんは、全ての死因による死亡者数を計算に含めた実測生存率を算出し、5年生存率と比較した。
小児の10年生存率は、白血病で86・2%、脳腫瘍で71・5%。いずれも5年生存率との差は約2ポイントとなり、わずかな低下にとどまった。
一方、AYA世代の10年生存率は、子宮がん(子宮頸部・子宮体部)が、5年生存率より1・4ポイント減の87・2%だったのに対し、脳・脊髄腫瘍は同5・7ポイント減の77・8%など、がんの種類によって低下の幅に差がみられた。
同センター院内がん登録分析室の石井太祐研究員は「治療が大きく進歩しているがんでは、現在はもっと生存率が向上している可能性がある。今回、小児がんで、5年以降の死亡リスクが低いことを初めて示せた。患者の希望になる明るいデータになる」と話している。
-
能登半島地震の被災地で、在宅避難している障害者や高齢者を支える訪問看護の綱渡りが続いている。停電などで事業を行えない訪問看護ステーションがあるほか、職員も被災しているためだ。避難所に行けず、厳しい環境で暮らす被災者とその家族が助けを待っている。(加納昭彦)
「ゆっくりでいい。また歩けるようになるからね」
石川県輪島市の西田能兜さん(17)は、「訪問看護ステーションみなぎ」の理学療法士、稲葉長彦さん(44)に抱えられるようにして、リハビリに励んでいた。
西田さんは足の障害と紫外線を浴びられない難病を抱える。被災前は散歩ができる状態だったが、避難所に適応できず、床に座ったまま動けなくなった。笑顔が消え、あまり食べなくなったため、8日に断水が続く自宅に戻った。
稲葉さんは人づてに状況を知り、寸断された道路を迂回して通常の3倍の2時間近くかけて駆けつけた。母の早百合さん(44)は金沢市への避難も検討したが、「慣れない環境で体調を崩すかも」と考え、断念した。
「みなぎ」は障害のある人や介護が必要な認知症の高齢者など50人を自宅でケアしてきた。多くは地域外に避難したが、共同生活が難しい5人が在宅避難しているという。
支える側の稲葉さんも被災者だ。妻と高校生の長男を県南部に一時避難させ、避難所や事業所に寝泊まりしながら、利用者に物資を届け、体調確認に奔走してきた。「もっとつらい人がいる。なんとか支えたい」と話す。
石川県看護協会の調査では、能登地区9市町にある訪問看護ステーション全20事業所が断水などの被害を受け、輪島市、穴水町、能登町の3事業所は停電などで「事業が困難」だという。
「輪島訪問看護ステーション」(輪島市)は、ほとんど事業を行えていない。責任者で看護師の松木明梨さん(29)は、自宅周辺が土砂災害の恐れがあり、妊娠5か月の身で、長女(2)らと穴水町の避難所に身を寄せる。「利用者に何もできない。もどかしい」とため息をつく。
淑徳大の結城康博教授(社会福祉学)は「看護や介護を受けられないと身体能力が低下し、災害関連死のリスクも高まる。
-
厚生労働省は、高齢者が通うデイサービスや学校など、自宅以外の場所からも患者が「オンライン診療」を受診することを認め、関連文書を改訂した。能登半島地震の被災地で、患者が生活する避難所からオンライン診療を受けることも可能となる。
これまで、オンライン診療は患者の自宅や医療施設から受診できたが、デイサービスや学校などからの受診については明確化されていなかった。改訂文書では、「患者が長時間滞在する場所であれば、(自宅以外からの)受診も可能」と明記した。スマートフォンなどの扱いに不慣れな高齢者らに対して、介護事業所の職員らが操作を手伝うことも可能とした。
被災地では、学校などが避難所に指定されている。全国から医療チームが支援に駆けつけているが、十分とは言えない。医療従事者が不在の場合でも、持病を抱える高齢者や、体調に不安を感じている避難者がスマホなどを使って遠隔地の医師の問診を受けることが想定される。
昨年6月に閣議決定された政府の規制改革実施計画で、オンライン診療が受診できる場所を明確化する必要性が指摘され、内閣府の専門家会議が先月、方向性を中間答申で示した。
-
国内で初めて震度7が記録された阪神大震災から17日で29年となった。元日に最大震度7の激しい揺れが襲った能登半島地震の被災地には、あの日の教訓を胸に奔走する人たちがいる。
「いつ破綻してもおかしくない」。発生から72時間が過ぎた4日夜、多くの死傷者が出た石川県珠洲市の市総合病院に到着した淡海医療センター(滋賀県草津市)のDMAT(災害派遣医療チーム)の藤井 応理医師(58)は、逼迫した状況に緊張した。
珠洲市内で機能している医療機関はここだけで、被災者が殺到。かろうじて出勤できた医師や看護師らが不休で対応していた。
水や食料も不足し、約100人の入院患者の4割に転院してもらうことに。DMATが受け入れ先を探す電話をかけ続け、ヘリによる患者搬送に走り回った。食事は持ち込んだカップ麺。3時間の仮眠を取り、同じチームの看護師ら4人と現地の医療スタッフを支えた。
1チームのDMATに課せられた任務は3日間。長野や愛知などからも続々とチームが派遣され、病院関係者は「DMATのおかげで多くの命が救われた」と感謝する。
阪神大震災では当時、現場で医療活動を行う専門チームはなく、治療の優先度を選別する「トリアージ」や重傷者の搬送が機能しなかった。救急医療体制が整っていれば、救えた命は500人はいたとされる。
62人が死亡した淡路島の中央部に位置する兵庫県立淡路病院(洲本市)にはあの日、次々とけが人が運び込まれた。当時、当直明けで治療にあたり、現在は六甲アイランド甲南病院(神戸市東灘区)に勤める水谷和郎医師(59)は「1人の患者を複数の医師で診るなど混乱した。もっとやれることがあったはず」と悔やむ。
阪神大震災を教訓に、厚生労働省は、DMATの研修・登録制度を2005年に創設。災害現場での救命医療や患者の広域搬送を担うチームが全国の災害拠点病院などに設置され、11年の東日本大震災や18年の西日本豪雨などで活躍した。
DMAT事務局によると、今回、石川県七尾市の病院などに活動拠点が置かれ、県からの要請に基づき全国各地のチームが集結。珠洲市では6日夜、倒壊家屋から124時間ぶりに9