コラム・連載

2020.03.15|text by 高須 克弥

シーズン1 第2回 血液クレンジング

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血液クレンジング

最近、血液クレンジングも話題になりました。

血液クレンジングであれば、透析ではありません。あれもオゾンを身体に入れるのは20世紀の初めからあったものです。私が開業したての頃にもオゾン療法の機械はそこら中に売っていました。ジジジジと取ってきて、皮膚の中に打ってやると、オゾンが血液の中に入って、身体が元気になるというものですが、全くインチキだということが分かって、皆が忘れていきました。

それがなぜまた脚光を浴びたのでしょう。

オゾンを入れるのだから、血液の色は変わりますが、インチキだったことを知っていた時代の人たちが皆、死んでしまったからではないですか(笑)。

最初にチャレンジする

HIFUをなさったとき、いかがでしたか。

一番初めに私がしたのですが、痛かったわりに代わり映えしなかったんです(笑)。痛かったから、神経ブロックしてやるといいと皆に教えました。皆、自分でしないのに、偉そうに言っています。私が「あなた、やったの」と聞くと、「やったことない」と答えるんですね。私は全部、自分でします。ヒアルロン酸も麻酔液を入れずにしたので、入れた方がいいと言ったのは私です。HIFUはどちらかというと古いものなのに、新しい名前をつけただけなんです。

最初に先生がなさったときは何という名前だったのですか。

初めはメーカーの名前がついています。ワインをメーカーごとに分けていくと、全く違ったものになるようなものです。HIFUは高周波で顔を引き締めるだけなので、メーカーは一杯あります。車は「車、買ったよ」と言えば、フェラーリなのか、スズキなのか、何を買ったのかが重要ですが、車とくくってしまえば同じです。フェラーリとスズキでは全く違うように、医師の世界も名医とやぶ医者では天と地ほどの差があります。美容外科の世界ではそれぞれ違うものなのに、健康保険のように皆、同じなのだとくくってしまうことが問題です。名前が同じなら、全て同じだと認識されてしまいます。ヒアルロン酸にしても、関節などに打つもの、皺を伸ばすために打つもの、プチ整形のために鼻に打つもの、それぞれ違う種類なんです。1ccが1000円するものもあるのに、そこが認識されていません。ワイン100円と言えば、その程度のものだと思うし、10万円だと聞くといいワインだと思います。寿司でもコンビニで買ってきたのか、銀座で食べたのかで全く違いますが、最初に食べたのがコンビニのだと、これが寿司かと思ってしまいます。

そうですね。

私はよその美容外科でやってうまくいかなかったものを拾うのが大好きなんです。初めてのところで下手だとそれで落ち着いてしまいますが、私がすると全く違うと言われます。手術をしたら腫れると決まっていると言われますが、うまい医師がすると腫れません。しかし、切ったら腫れますが、切らないと腫れないんです。そうすると切らない方が優れています。糸も80本入れるとものすごく腫れますが、1、2本では腫れません。うまい医師が手作りでする手術が一番仕上がりがいいのです。ただ、なかなかできるものではありません。車でも手作りで1台1台作っているものに名車が一杯あるんですよ。でも商売にならないんです。量産すると商売になるし、進歩はしますが、昔の車がいいですよね。

手作りの感覚があるということですね。

クラシックの名車はアナログの良さがあります。皆が苦労して作ったものだからですよね。人類が月に行ったのははるか以前のケネディの頃ですが、それから人間が月に行くようにはなっていません。ピラミッドも作ってみろと言われても作れません。土木工学や技術はすごく進歩しているのに、エジプト全部の予算を出しても作れないかもしれません。美容外科の世界も暗黒の歴史があり、内緒で分かっているようなことでもきちんとした記録が残っていないので、「俺が発明した」と言い出す人が多いんです。それがやたらとあることに、私は途中で気づき、自分が始めたことにはパテントを取ることにしました。

機器開発を行う

どういったものでパテントを取られたのですか。

超音波で脂肪吸引をする機械です。今は皆が使っていますが、あれは私が発明しました。1978年に日本で初めて私が脂肪吸引をしたときの評価は低いもので、非難も受けましたが、今は常識になりました。テクノロジーの進歩も著しく、さらに効果的な脂肪吸引ができるようになったんですね。私がパテントを持っているのはその中の超音波式脂肪吸引装置です。また、糸で二重まぶたを作る技術やコラーゲンを作る装置、糸でリフトする技術もパテントを取っています。パテントがあると、特許庁がお墨付きをくれるのがいいですね。学会で発表しても、30年前に発表した論文はどこかに行ってしまうし、皆も忘れてしまいます(笑)。YouTubeも消えないところがいいですが、現実的にはサーバーが足りなくなるかもしれません。

機器開発には熱心に取り組まれたのですね。

私はどちらかというとビジネスよりも面白いことを始めるのが好きなんです。たまたま美容外科にいますが、ここは割と層が薄いので、すぐに上の方に出てこられるんです。私はもともと整形外科にいましたが、整形外科は層が厚いので、上に出るのは難しいです。柔道で出てくるのは難しいけれど、テコンドーならすぐに選手になれるのと一緒です。美容外科は医療界のテコンドーなんです(笑)。

若手を育てる

先生は若手の医師の教育にも打ち込まれてきました。

私が開業した頃は若手がいなかったので、育てるしかなかったんです。当時は耳鼻咽喉科医だったけれど、患者さんが来ないから美容整形を始めたとか、眼科医だったけれど、二重まぶたの手術をするようになった、泌尿器科医が包茎手術の専門医になったというような、年配の医師しかいなかったんです。私はそういうドロップアウトした人、その専門分野では食えなかった人ではないぞと思い、最初から狙って入ってきました。

そういった目がおありだったんですね。

普通のビジネスマンなら、ここが隙間だと考えるはずですよ。商売敵が多くいるところに参入しても余程のイノベーションがなければ、牛耳ることはできません。一人しかいないところで一番になるのは簡単なんです。佐渡島や与那国島などの商売敵がいないところで、島一番の美容外科医になりましょう。最近、美容外科の勉強のために留学生が来ていたのですが、帰るときに「お前はマダガスカル一番の美容外科医だ」と送り出しました(笑)。私どもにはそういう自国の医師免許を持っている人たちがよく勉強に来ます。

著者プロフィール

高須克弥院長 近影

著者名:高須 克弥

高須クリニック 院長

  • 1945年 愛知県幡豆郡一色町(現 西尾市)で生まれる。
  • 1969年 昭和大学を卒業する。
  • 1973年 昭和大学大学院を修了する。
  • 1974年 愛知県幡豆郡一色町に高須病院を開設する。
  • 1976年 愛知県名古屋市に高須クリニックを開設する。
  • 2011年 昭和大学医学部形成外科学(美容外科学部門)客員教授に就任する。
バックナンバー
  1. インタビュー 高須克弥先生に訊け
  2. 12. 昭和大学での日々
  3. 11. 東京オリンピック
  4. 10. ウィズコロナの時代に
  5. 09. 最近の美容外科に警鐘を鳴らす
  6. 08. 社会貢献活動
  7. 07. 愛知県に暮らす
  8. 06. 新型コロナウイルス
  9. 05. 新しい美容外科
  10. 04. ミケランジェロ™
  11. 03. 国際交流
  12. 02. 血液クレンジング
  13. 01. 美容外科のニーズ

 

  • Dr.井原 裕 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
  • Dr.木下 平 がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
  • Dr.武田憲夫 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
  • Dr.一瀬幸人 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
  • Dr.菊池臣一 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
  • Dr.安藤正明 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長
  • 技術の伝承-大木永二Dr
  • 技術の伝承-赤星隆幸Dr