DNAを書き換えて遺伝病を治すことはできるか?(16:12)

デイヴィッド・リュー(David RLiu)
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対訳テキスト
講演内容の日本語対訳テキストです。
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ご両親から皆さんへの 一番大切な贈り物は 2組の30億文字からなるDNAで それが皆さんのゲノムを 作り上げています 30億もの要素からなる ものの常として それには壊れやすい面があり 日光 喫煙 不健康な食生活 細胞の中で自然に 起きる誤りなどにより ゲノムに変化が 引き起こされます DNAの変化で 最も一般的なのは 1つの文字 すなわち塩基が 入れ替わるというもので たとえば C が 他の T, G, A のいずれかに変わります そういう1文字の変化は 体の中の細胞のどこかで 日に何十億回となく起きていて 「点突然変異」と呼ばれています

点突然変異は ほとんどの場合無害ですが 時折 そういう変異が 細胞の重要な機能を 阻害したり 細胞に有害な振る舞いを させることがあります 突然変異が 親から受け継がれたり 発達の早い段階で 生じた場合 多くの ないしは すべての細胞が その有害な突然変異を 持つ結果になり 遺伝病を患う 数億人の1人になります たとえば鎌状赤血球症 プロジェリア症候群 筋ジストロフィー テイ=サックス病など

点突然変異によって起こる 酷い遺伝病には とくに苛立たしい ものがあります 病気を引き起す変異した文字が どれかは判明していて 理屈の上では治療できることが 分かっていることも少なくないからです 鎌状赤血球症を患う人は 何百万人もいますが これはヘモグロビン遺伝子の両方に AからTへの点突然変異が あることで起きます プロジェリア症候群の子供には 生まれつき Cであるべきところが Tになっている 点突然変異があり その破滅的な結果として 素晴らしい聡明な子供達が 急速に老化し 14歳くらいで命を落とします 医学の歴史を通して この病気の原因となる TをCに戻すという 突然変異の修正を 生体内で効率的に行う手段は 最近までありませんでした 私達の研究室で それを可能にする 「塩基編集」という手法の 開発に成功したのです

塩基編集技術開発の 物語の始まりは 30億年前に遡ります 私達はバクテリアを 人が感染するものとして見ていますが バクテリア自身もまた ウイルスに感染します そのため 30億年ほど前 バクテリアはウイルス感染に対する 防衛機構を進化させました その防衛機構が CRISPRとして 知られているものです CRISPRの武器となるのが この紫色の DNAを切断する 分子のハサミとして働くタンパク質で 二重螺旋を真っ二つにします もしCRISPR がバクテリア自身のDNAと ウイルスのDNAを区別できなければ 防衛システムとして あまり役に立たないでしょうが

CRISPRのすごいところは DNA塩基配列の 特定の部分だけを探して 取り付き 切断するよう プログラムできることです バクテリアが あるウイルスに 初めて出会ったとき そのウイルスのDNAの 小さな断片を保存しておき 将来感染したときに そのDNAを切断するよう CRISPRをプログラムする ことができます 切断によってウイルスの遺伝子は メチャクチャになり ウイルスのライフサイクルが 破壊されることになります

傑出した研究者のエマニュエル・シャルパンティエ ジョージ・チャーチ ジェニファー・ダウドナ フェン・チャンといった人々によって CRISPRのハサミは バクテリアの選んだ ウイルスのDNAの代わりに 人間の遺伝子の塩基配列から 任意に選んだ部分を切断するよう プログラムできることが 6年前に示されました しかし結果は 似たものになります DNAの塩基配列を 切断することは 通常切られた遺伝子の機能を 阻害することになります 切断部分には ぐちゃぐちゃに文字が 挿入や削除されるためです

ある種の応用には 遺伝子の機能を 阻害することが有用であり得ます しかし点突然変異で起きる 遺伝病については 変異している遺伝子を 単に切断しても患者に益はなく 変異した遺伝子は さらに壊すのではなく 修復する必要があるからです 鎌状赤血球症を引き起こす 変異したヘモグロビン遺伝子を 切断したところで 健全な赤血球を作る能力は 回復しません 切断部分の周囲の 塩基配列を置き換えるよう 新たな塩基配列を 導入することもできますが あいにくこれは多くの種類の 細胞でうまくいかず 壊した遺伝子の影響の方が 大きくなります

多くの科学者達と 同じように 私も遺伝病が治療可能で 完治さえする未来を 夢見てきましたが 人の遺伝病の 多くの原因となる 点突然変異を修復する 手段がないことが 大きな障害に なっていました

化学者として私は 学生と一緒に 個々のDNA塩基に直接化学的に 働きかける方法を開発し始め 遺伝病を引き起こす突然変異を 破壊でなく修復することを目指しました その結果生まれたのが 「塩基エディタ」と呼ばれる 分子マシンです 塩基エディタは CRISPRのハサミの プログラム可能な探索機構を利用しますが DNAを切断する代わりに 1つの塩基を 別の塩基に変換し 遺伝子の他の部分を 壊しません 自然のCRISPRタンパク質が 分子のハサミとすれば 塩基エディタは分子の鉛筆で DNAの1文字を別の文字に 直接書き換えることができます 原子を並べ替えて DNA塩基を 別の塩基に変えるのです

塩基エディタは 自然界には存在しません 実際私達はここに示した 最初の塩基エディタを 由来の異なる 3つのタンパク質から 作り出しました CRISPRのハサミを出発点とし DNAを切断する能力は抑え ターゲットとなるDNA塩基配列を 探し出し取り付くというのを プログラム可能な形で 行う能力は残しました 力を抑えたCRISPRのハサミが 青で示されています それに赤で示した 第2のタンパク質を付け それがCのDNA塩基を Tのように振る舞う塩基へと置き換える 化学反応を引き起こします 3つ目として 紫で示した タンパク質を付け それが編集された塩基が 細胞によって排除されるのを防ぎます 結果として得られたのは 3つの部分からなるタンパク質で ゲノムの指定箇所の CをTに変換することが 初めて可能になりました

しかし これはまだ やるべきことの半分でした 細胞内で安定して 存在するためには 二重螺旋の2つの鎖が 塩基対を構成する必要があります CはGとのみ対になり TはAとのみ対になるため 単にDNAの1つの鎖で CをTに変えても 2つのDNA鎖の間で 齟齬が起き 細胞はどちらの鎖を交換するか 決めねばなりません この3つの部分からなる タンパク質にさらに手を加え 編集されていない方の鎖に 傷を付けて そちらが捨てられるように できることに気付きました この小さな傷によって 細胞を騙し 編集されていない鎖を GをAで置き換えた鎖に 作り直させることで 塩基対C-Gから 安定した塩基対T-Aへの 変換が完了します

私達の研究室の博士研究員だった アレクシス・コモアを中心とした 数年間の熱心な努力の末 指定した箇所の CをTに GをAに変換する 第1の塩基エディタの 開発に成功しました 病気との関連が知られている 3万5千種ほどの点突然変異のうち この第1の塩基エディタによって 修復可能なのは2つのタイプで 約14% 5千種の突然変異が これに該当します 病気を起こす点突然変異の 一番大きなグループに対処するには AをGに あるいは TをCに変換する 第2の塩基エディタが 必要になります 私達の研究室の博士研究員だった ニコール・ガデリを中心に この第2の塩基エディタの 開発に乗り出しました これは理論的には 病気を起こす 点突然変異の半分近くに対応でき 早老症のプロジェリア症候群も これに含まれます

新しい塩基エディタも ゲノムの適切な位置に 持って行くのに CRISPRの機構が 利用できると分かりました しかしすぐに 大きな問題にぶつかりました DNAのAをGに あるいは TをCに変えるような 既知のタンパク質が 存在しなかったのです そのような重大な障害に 直面した場合 たいていの学生は 別のテーマを探します 指導教官が違っていれば— (笑) ニコールはこの非常に 野心的と思えた計画を 続行することを 承知しました 必要な化学反応を起こす 天然のタンパク質がないため AをGのように振る舞う塩基に 変えるタンパク質を 実験室内で進化させることにし RNAで関連する反応を起こす タンパク質を出発点にしました ダーウィン的な適者生存の システムを用意し タンパク質の数千万の 変種を探索し 必要な化学反応を 起こす変種だけが 生き残るようにしました そしてここに示す タンパク質を得ました DNAのAを Gに相当する塩基に変換する 初のタンパク質です そのタンパク質を 青で示した 機能を抑えた CRISPRのハサミに付け 第2の塩基エディタができました これはAをGに変え 最初の塩基エディタで 使ったのと同じ 鎖に傷を付ける方法で 細胞を騙し 無編集のTの鎖を Cの鎖に作り直させ 塩基対A-Tから 塩基対G-Cへの 変換を完成させました

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ありがとうございます

(拍手)

アメリカで働く 科学者にとって 拍手で中断されるというのは 珍しい体験です

(笑)

この2つの塩基エディタを 開発したのは それぞれ ほんの3年前と 1年半前のことですが そのような短い期間 にもかかわらず 塩基編集技術は 生物医学研究コミュニティで 広く使われるようになっています 塩基エディタは 世界中の 千人以上の研究者の要請で 6千回以上提供されています 塩基エディタを使った科学論文は 既に百本発表されており 対象はバクテリアから 植物 マウス 霊長類にまで及びます

塩基エディタは 新しいもので まだ臨床試験には 至っていませんが その目標に向けた重要な マイルストーンに到達しています 人間に遺伝病を起こすのと 同じ点突然変異を 動物において 塩基エディタで修復したのです たとえば ルーク・コブランと ジョン・レヴィが率いる うちの学生も2人 入っているチームが 最近 第2の塩基エディタを使い プロジェリア症候群のマウスで 病気の原因となる TをCに戻すことにより DNA RNA タンパク質のレベルで 病変を修復しました

塩基エディタが 動物における 病気治療に使われた ケースとしては他に チロシン血症、βサラセミア 筋ジストロフィー フェニルケトン尿症 先天性難聴 ある種の心血管疾患があり それぞれ病気の原因となる 点突然変異が 修復されています 植物については 塩基エディタは 収穫が改善されるよう DNAを変更するのに 使われています

生物学者は がんのような 病気に関連する遺伝子の 個々の文字の役割を探るために 塩基エディタを使っています 私が共同で創業した2つの会社 Beam Therapeuticsと Pairwise Plantsでは 人の遺伝病の治療や 農業の改善のため 塩基エディタを使っています これらの塩基エディタの 応用はすべて 過去3年以内に 行われており 科学史という 時間の尺度では 一瞬の間です

塩基編集による 遺伝病患者の生活の改善が 本当に実現するまでには まだまだ為すべきことがあります これらの病気の多くは 背後にある突然変異を 臓器中の細胞の一定割合について 修復するだけでも 治療可能だと 考えられていますが 塩基エディタのような 分子マシンを 人間の細胞に送り込むのは 容易でない 可能性があります 天然のウイルスを使って 風邪を起こす 分子の代わりに 塩基エディタを 運ばせるというのは 成功例のある 有望な配送戦略の1つです 新しいタイプの 分子マシンを開発し 1つの塩基対から 別の塩基対への置き換えの すべてのパターンを 網羅することや 細胞内の的外れな箇所で 望まない 編集が行われる可能性を最小化することは とても重要です 他分野の科学者や 医師 倫理学者 政府と協力し 塩基編集が思慮深く 安全で 倫理的なやり方で 適用されるようにすることは 重要な責務です

そういった課題こそあれ もし誰かが ほんの5年前に 「世界の研究者達が 実験室で進化させた 分子マシンを使い 人間のゲノムの 指定した塩基対の 別な塩基対への変換を 効率的かつ他の影響は 最小限に行っている」 などと言ったなら 私はきっと 「いったい何のSFを読んでるんだ?」と 聞いたことでしょう 自分でデザイン可能なものは 作り出せるくらいクリエイティブで デザインできないものは 進化させるくらい挑戦的な 倦むことを知らぬ ひたむきな学生達のおかけで 塩基編集は SFのような夢から ワクワクする新たな現実に 変わりつつあり 子供達への 一番大切な贈り物として 30億文字のDNAだけでなく それを守り修復するための道具を 渡せるようになるでしょう

ありがとうございました

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このプレゼンテーションについて

化学生物学者のデイヴィッド・リューが、画期的な科学的発見の話をお聞かせします。DNAを書き換えられる塩基エディタの開発です。遺伝子編集におけるこの大きな展開は、CRISPRの夢を新たなレベルに引き上げます。CRISPRタンパク質が、特定のDNA塩基配列を切断するようプログラム可能な分子のハサミだとしたら、塩基エディタはDNAの1文字を直接書き換えられる鉛筆です。この分子の機構がどのように働くのか、そして遺伝病が治療できるだけでなく完治さえする可能性がいかに開けるのかを学んでください。

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