コラム・連載

2025.02.15|text by 石井 正

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第7回

初期研修医へのメッセージ その1

《 2025.02.15 》

初期研修が始まったばかりの研修医の先生方におっしゃりたいことはありますか。

土屋の八訓 クリックで拡大

「土屋の八訓」に尽きますね。1の「医師である前に社会人であることを忘れるな」など、特に1から4までは大切です。初期研修が始まったばかりの頃は学生気分が抜けません。学生であれば座っていても、黙っていても、教官が教えてくれます。ところが、研修医は給料をもらっていますので、我々のような上の人間からすると「ガチガチのプロではないにせよ、学生でもないよね」というポジションなのです。そのポジションの人たちが座ったままで「教えてください」というのは良くないです。今でもそうですが、石巻赤十字病院のときに特に、研修医に言っていたのは一つだけでした。

どのようなことですか。

以前も申し上げましたが、質問の仕方についてです。研修医は分からないことを上級医や指導医に質問をします。そのときに「これ、どういうことなんですか」という質問ではなく、「自分はこう考えるけど、いかがですか」という質問をしようということです。その考えは間違っていても構いません。「これ、どういうことなんですか」とただ質問するのは思考停止しているということですので、「何だか分からない」と思ったことを自分なりに調べてみたり、今は電子ジャーナルなどもインターネットで読めるわけですから、そういうツールを使ってみたり、教科書で勉強したりして、「自分はこう考えるけど、いかがですか」という質問をしましょう。自分で仮説を立てるなり、考えを固めてから質問するようにしないと、頭に入りません。「これ、どういうことなんですか」という質問はお金をもらっているプロの質問ではないということを研修医にはよく話していました。

2の「自分に給料が発生していることに違和感を覚えろ」、3の「80歳のおじいさんに思いやりを持って接することをおこがましいと思え」というのもいいですね。

3は私が若かった頃に妻に怒られた話と通じますね。医師免許をもらうと、医師になったんだという達成感があって、勘違いします。そうすると医師でない人たちを下に見てしまいがちになります。私はタクシーの運転手さんを下に見る発言をして、妻に怒られたわけですが、ほかの職業、職種に就いている人たちをリスペクトしないといけません。特にこれからの病院は多職種連携がさらに必要になりますので、昭和の頃の「お前らは俺の言うことを聞いておけ」みたいな『白い巨塔』に出てくる医師のような姿勢では医療は進みません。病院の中には看護師さんのほかにも技師さん、クラークさん、事務のスタッフの方々など、色々な職種の人たちがいますので、そういう人たちをリスペクトしながら仕事をするべきです。例えば、研修医が病院内を掃除しているスタッフの方々を下に見たとしたら、「お前、明日から掃除してみろよ」と言いたいです。「カートに色々な道具を積んで、その道具をどう使うのか、どういう手順で掃除していくのか、あなたにできますか」という話です。皆がその道のプロとして働いていることを理解しなくてはいけません。

患者さんに対してもそうですよね。

3の「80歳のおじいさんに思いやりを…」というのは「80歳のおじいさんを下に見るな」ということですよね。「思いやり」という言葉は得てして上から目線になります。「思いやりを施してやる」みたいなイメージです。そうではなくて、80歳のおじいさんには80歳なりの人生の歴史があり、その中で病院に来て、たまたまお付き合いをすることになったにすぎないのだから、その歴史をリスペクトすることが大切です。私は外来で患者さんを誉めるんですよ。職業ならではのポジショントークや営業トークなのかもしれませんが、先日もメーカーで設計をしている方が初めていらしたときに「すごいお仕事ですね」と言うと、その場が和み、アイスブレイクできました。

「すごいですね」と言われると、患者さんも嬉しくなりますね。

外勤先でもご高齢の患者さんに「運動していますか」と聞くと、「畑仕事しています」「毎日、牡蠣剥きをしています」と言われたりするので、「牡蠣剥きなんて、すごいですね」と言うと、特に地方のご高齢の方には「お医者さま」という感覚があるだけに、それでアイスブレイクできますね。逆に今は都心部の患者さんに「お医者さま」という感覚がないので、若い研修医は「若造」だと思われるかもしれません。であれば、なおさら「俺は医者だぞ」という態度は慎むべきです。

ほかに研修医の先生方にお話ししていることはありますか。

特にありません。「遅刻をするな」ぐらいでしょうか(笑)。とにかく、質問の仕方ですね。学生は授業料を払っている人たちだから、教えてもらうのが当たり前ですが、研修医はお金をもらっているわけだから、座ったままで教えてもらうのは違います。私は大学病院に来てからも、研修医に対して「君はどう考えるの。間違っていてもいいから言ってみて」と伝えています。

著者プロフィール

著者名:石井 正

石井正教授 近影

1963年に東京都世田谷区で生まれる。1989年に東北大学を卒業後、公立気仙沼総合病院(現 気仙沼市立病院)で研修医となる。1992年に東北大学第二外科(現 先進外科学)に入局する。2002年に石巻赤十字病院第一外科部長に就任する。2007年に石巻赤十字病院医療社会事業部長を兼任し、外科勤務の一方で、災害医療に携わる。2011年2月に宮城県から災害医療コーディネーターを委嘱される。2011年3月に東日本大震災に遭い、宮城県災害医療コーディネーターとして、石巻医療圏の医療救護活動を統括する。2012年10月に東北大学病院総合地域医療教育支援部教授に就任する。現在は卒後研修センター副センター長、総合診療科科長、漢方内科科長を兼任する。

日本外科学会外科専門医・指導医、日本消化器外科学会消化器外科専門医・指導医、日本プライマリ・ケア連合学会プライマリ・ケア認定医・指導医、社会医学系専門医・指導医など。

石井正教授の連載第3シリーズは石井教授から高校生、大学生、研修医、専攻医に向けたメッセージをお送りします。

バックナンバー
  1. 地域医療を担う人材育成
  2. 10. 東北大学病院の初期研修プログラム
  3. 09. 初期研修医へのメッセージ その3
  4. 08. 初期研修医へのメッセージ その2
  5. 07. 初期研修医へのメッセージ その1
  6. 06. 医学生へのメッセージ その3
  7. 05. 医学生へのメッセージ その2
  8. 04. 医学生へのメッセージ その1
  9. 03. 医学部を目指す高校生へのメッセージ その2
  10. 02. 医学部を目指す高校生へのメッセージ その1
  11. 01. 能登半島地震の被災地への支援
  12. シーズン2地域医療を支えた東北大学病院の教え
  13. シーズン1継続可能な地域医療体制について

 

  • Dr.井原 裕 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
  • Dr.木下 平 がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
  • Dr.武田憲夫 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
  • Dr.一瀬幸人 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
  • Dr.菊池臣一 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
  • Dr.安藤正明 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長
  • 技術の伝承-大木永二Dr
  • 技術の伝承-赤星隆幸Dr