今回対談していただいた徳田先生と古閑先生は、琉球大学で同年卒。
卒業してから古閑先生は脳神経外科、徳田先生は総合内科と、それぞれの道を究めて来られました。
また、古閑先生は岩井整形外科内科病院の教育研修部長として、徳田先生も筑波大学附属病院
水戸地域医療教育センターや水戸協同病院、JCHO本部研修センター長を経て、この4月からは
群星沖縄臨床研修センター長に就任されるなど、教育にも力を入れられています。
そんなお二方をお招きし、琉球大学在学時のエピソードはもちろん、AIやITを活用した
近い将来の医療や、塩崎厚生労働大臣が作られ、徳田先生もメンバーである
「保健医療2035」についてなど、たっぷり対談していただきました。
なお、各回の最後には動画で対談の模様を掲載していますので、ぜひご覧ください。

第1回

専門医制度と
かかりつけ医構想の今

琉球大学の同窓生

徳田 安春先生と古閑 比佐志先生

― お二人がお会いになるのは久しぶりですか。

古閑
僕が研究者をやっていた頃に、聖路加(国際病院)にいた徳ちゃんに会いに行ったのが最後かな。当時の僕は採血から診断する機械を作ったりしていたんだけど、そこで使えるアプリケーションのようなものはないかと、徳ちゃんに相談した。まだ機械を作る前で、グラントを取って進めていくところだったけど、その話は結局、うまくいかなかったんだ。そのうちに、僕は基礎研究から手を引いて臨床に戻った。それから会っていないね。
徳田
2008年でしたね。
古閑
僕は琉球大学医学部の1期生なんだけど、留年したから、徳ちゃんたち2期生と同級生になった(笑)。2期生は優秀な人が多かったね。1期生も優秀なんだけど、真面目なの。2期生は頭がいいのに、融通も利くし、素晴らしい学年。人間ができている人たちばかりで、そんな人たちと過ごせたのは財産だし、ハッピーだった。
徳田
古閑先生はウィンドサーフィンをしていましたよね。昔からやっていたんですか。
古閑
沖縄に行ってからだね。昔から海が好きだったの。沖縄の海で遊びたかったから、琉大に行った(笑)。琉大に行ったのは本当に良かったよ。琉大に医学部ができたばかりの頃は沖縄自体に医師も少なかったし、1期生、2期生は沖縄の医療を改善していこうという志のある人ばかりだった。僕みたいに本土から来た人は出来が悪かったけどね。でも、琉大でいい先生に出会えた。いい先生に出会い、いい指導を受けると、伸びるんだと思う。出会いは大切だね。

― 徳田先生はどんなサークルに入っていたのですか。

徳田
僕はプロレスです(笑)。見に行くこともありましたし、同好会のように、自分たちでやったりもしていました。
古閑
大学の頃から徳ちゃんは優秀で、試験前に「ここをやった方がいい」とか、色々と教えてもらった(笑)。それで卒業させてもらいましたね。

― 卒業後は別々の道に進まれたのですね。古閑先生は大学病院で研修され、徳田先生は沖縄県立中部病院で研修されていますが、どうして中部病院を選ばれたのですか。

徳田
実家の近くの病院ということもありましたが、救急をしたかったからですね。それからずっと沖縄にいて、関東に来たのは10年前なんです。

徳田安春先生

専門医制度

古閑
徳ちゃんに聞きたいと思っていたのは専門医制度。若い人たちにとって、この制度の変更は大変だと思う。総合診療科に関してはどうなったの?
徳田
新専門医制度が始まることになり、総合診療科が19番目の基本領域になったときは皆で喜びました。ところが、スタートが1年伸びたんです。最初の提案をしたときの執行部が替わったこともあり、カリキュラム内容を再協議している状況です。
古閑
早く決まらないと、目指している人たちがかわいそうだよね。
徳田
もともとのカリキュラムは内科、診療所、病院の総合診療部門、救急、小児科、選択でした。現在はその調整です。私のベースは病院の総合診療部門ですので、病院の総合診療部門での研修は残して欲しいですね。
古閑
(カバーする範囲が広いから)難しいね。僕は脳神経外科学会だけど、そういう学会は範囲が狭いから簡単なの。でも、総合診療科はものすごい領域を網羅しているからね。僕の想像でしかないし、極論かもしれないけど、2年の初期研修と3年の後期研修で網羅できる範囲ではないと思う。
徳田
そうですね。
古閑
そこでプログラムを組もうというわけだから、それは大変だよね。

古閑 比佐志先生

保健医療2035

古閑
かかりつけ医構想も大変なんでしょ。
徳田
そうなんですよ。日本医師会の会長は横倉義武先生ですが、リーダーシップのある方で、かかりつけ医構想を全国で進めていこうとしておられます。厚生労働省もこの言葉を使って、サポートをしています。ただ、かかりつけ医という言葉はいいのですが、かかりつけ医のスキルはどのぐらい必要なのかとか、どのぐらいの役割をかかりつけ医に求めるのかというのは難しいですね。かかりつけ医との関わりで言えば、保健医療2035がありますね。
古閑
徳ちゃんは保健医療2035のメンバーだよね。これはどんなプロジェクトなの?
徳田
塩崎恭久厚生労働大臣が作られたプロジェクトで、2015年2月から定期的に集まって、議論を始めています。2035年を見据えて、保健医療政策のビジョンとその道筋を示すために、様々な分野での戦略的な取り組みに関して、グループで検討しています。たたき台となっているレポートがあるので、その進捗状況を見ながら、皆でレビューしています。

厚生労働省 保健医療2035ウェブサイト 画像出典:厚生労働省『保健医療2035』ウェブサイト

古閑
なるほどね。
徳田
国民皆保険は絶対にキープした方がいいというコンセンサスはあるのですが、これまでのように大病院にフリーアクセスでかかれるのは難しくなるという話をしています。救急のような特別な場合を除いて、まずはかかりつけ医、プライマリケア医、総合診療科の医師に診てもらって、複雑な事例なら大きな病院へという役割分担が必要になってきますね。これまではゲートキーパーという、ゲートを閉じるような呼び名がありましたが、それでは多様な医療ニーズにフィットしないだろうということで、ゲートオープナーという概念に変えたところです。この部分に関しては医師会の先生方も比較的、賛同してくださっています。
古閑
保健医療2035の話が聞けて、良かったよ。今後は高齢化がさらに進み、働く世代が減っていくから、財源が小さくなっていく。そうなると、予防医学とか、病気にならないためにといった方向に持っていかないといけないよね。そこはどうするの?
徳田
予防医療ですよね。予防には一次から三次までありますが、これまでは早期発見、早期治療と言っていて、病気になってから病院に行くというマネージメントが大きかったんですね。それも重要なことではありますが、それだけではなく、一次予防も必要です。つまり、病気にならないような生活習慣であったり、健康を促進するような地域のコミュニティデザインであったり、ソーシャルキャピタルが求められます。※社会・地域における人々の信頼関係や結びつきを表す概念。社会関係資本とも。
古閑
格差の問題もある。
徳田
格差の問題も国がやっていかないといけないですね。
古閑
そういうリーダーシップは必要だと思う。
徳田
一次予防で言えば、病気の原因が生活習慣に依存するところがあるので、かかりつけ医やプライマリケア医が地域に積極的に出て行って介入しようという話も出ています。
古閑
多くの疾患は生活習慣がベースになっているからね。

― 「保健医療2035」のミーティングはまだ続いているのですか。

徳田
塩崎大臣がいらっしゃる間は続けていくのではないでしょうか。塩崎大臣はご自身も留学経験があるし、息子さんも留学されているから、国際派でいらっしゃるし、そういうマインドがありますね。新しいチャレンジがお好きな方です。世界の国々から医療貢献という話があれば、具体化してやっていこうとも言われています。感染症にしても、感染症フェローを設定し、エボラなどのアウトブレイクが起きたら人的貢献を行おうと話しています。日本は経済的な貢献はしてきましたが、人的支援がなかったので、これからはやっていこうということですね。
古閑
感染症対策にイニシアティブを取れる若い人材もいるしね。
徳田
そうなんですよ。若い医師の中にも、そういうことにチャレンジしたい人はいます。

《 Next: AIやITの進歩で医療や教育はどう変わる?

  • プロフィール
    徳田 安春
    (とくだ やすはる)

    臨床研修病院群プロジェクト 群星沖縄臨床研修センター長

【略歴】
沖縄県南城市出身。1988年に琉球大学を卒業し、沖縄県立中部病院で研修する。2003年に沖縄県立中部病院内科副部長および臨床研修委員会副委員長に就任する。2005年に米国ハーバード大学大学院で公衆衛生修士号を取得する。2006年に医学博士号を取得する。2008年に聖路加国際病院に一般内科医長として勤務する。2009年に筑波大学大学院人間総合科学研究科医療医学系教授に就任し、筑波大学附属病院水戸地域医療教育センター・水戸協同病院で教育にあたる。2014年にJCHO本部研修センター長、JCHO本部顧問に就任する。 2017年4月に臨床研修病院群プロジェクト群星沖縄臨床研修センター長に就任する。

【資格・所属学会】
医学博士
公衆衛生学修士
日本内科学会 指導医・総合内科専門医
日本プライマリケア連合学会 理事・指導医・認定医
日本病院総合診療医学会 理事・認定医
米国内科学会フェロー

  • プロフィール
    古閑 比佐志
    (こが ひさし)

    岩井整形外科内科病院
    副院長/教育研修部長

【略歴】
1962年千葉県船橋市生まれ。1988年に琉球大学を卒業し、琉球大学医学部附属病院で研修。
国内の複数の病院で脳神経外科医として勤務ののち、1998年にHeinrich-Pette-Institut fur Experimentelle Virologie und Immunologie an der Dept. of Tumorvirologyに留学。2000年に帰国後は、臨床と研究を進め、2005年にかずさDNA研究所地域結集型プロジェクト研究チームリーダーを経てかずさDNA研究所ゲノム医学研究室室長。
2009年より岩井整形外科内科病院 脊椎内視鏡医長として勤務、2015年より現職。

【資格・所属学会】
日本脳神経外科学会専門医
日本脊髄外科学会
内視鏡脊髄神経外科研究会
日本整形外科学会

岩井整形外科内科病院 PELDセンター

CONTENTS(全5回)
トップドクター対談 バックナンバー
ページトップ