岩瀬博太郎教授コラム
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第5回

AI(人工知能)と法医学

《 2019.03.01 》
人工知能は医療界を変えると言われていますが、法医学の中ではいかがですか。

 AIには書記を頑張ってほしいですね。

今は人間の仕事なのですね。

 私どもでは人間が入力しています。大学によってはコンピューターに入力させているのですが、対話型ではありません。だから自分でボタンを押して、「今から始めます」などの決まった言葉を言って自動書記が始まるシステムなんです。Pepperくんみたいに対話しながら「じゃあ、今から始めますけど、いいですか」と言ってくれれば、こちらも「今、ここで止めて」と言えるし、そういう言葉を分かったうえで止めてくれるものがいいですね。でも、まだそこまで進化していません。

AIができないこともありますか。

 AIは解剖所見を取ることができません。法医学で行う解剖の所見は非常に多様で、一人一人が違いすぎてなかなかパターン化できないので、まだ当分そこまではいけないでしょう。一方、CTに関しては分かっていない臨床医が見るよりはAIに見せた方が犯罪を見逃さないかもしれません。AIが「くも膜下出血があっても外傷性があるから、届け出てください」と言ってくれると、いいですね。

AIはへき地医療などでは活躍が期待されているようです。

 法医学者としても関心は非常にあります。

何か実際にしていることはあるのですか。

 いえ、そこまでお金がないのです。AIは手を出すと、財力面でとても大変です。今のところは成り行きを見ています。ほかからのおこぼれでもあればと思っています(笑)。
 

学生への指導

学生への授業ではどのようなお話をなさるのですか。

 広い範囲で考えるようにと言いますね。今日もそういった話をしてきました。目先だけを見ては駄目だという話です。

学生の反応はいかがですか。

 分かってはくれますが、実際に臨床の場に出ると、上の先生たちに染まってしまいますからね(笑)。先輩のいうことが絶対となると、なかなか難しいです。医療界は子弟制度が根強く残っていて、上の先生をなかなか批判できないようなところがあるように思います。

法医学者を目指す学生は増えていると感じますか。

 コンスタントに希望者はいらっしゃるように思います。小説やドラマの影響で、志望者が増えたところはありますね。中でも女性が増えています。

女性に向いている仕事だと思われますか。

 女性に向いていますよ。救急の患者さんがいらっしゃるわけではないですから、お子さんがいても両立しやすいですし、働く環境としてもいいでしょう。女性同士が支え合うぐらいになってくれればいいと思います。

医学部全体に女性が増えていますね。

 昔に比べると、そうですね。面接試験でも女子の受験生は無難に答えてきますしね。

授業ではどのように勧めていらっしゃるのですか。

 法医学は楽しいよと言っています。法医学も医学の一つなので、法医学一つ欠けると、医学全体のバランスが崩れます。人がやりたがらない仕事ではありますが、重要な医学のパーツですから、そういうところをやってくれる人が来てくれると嬉しいといつも思います。

どういう人が法医学者に向いていますか。

 コミュニケーション能力は当然、高くないといけません。裁判所の人たちと色々と話すわけですし、これからは児童虐待の対応などで、ますます多職種連携の中で生きていかなくてはいけません。法医学の楽しさをきちんと理解したうえで、コミュニケーションも取れて、公平さや公正さが重要な仕事なのだということが分かっている人がいいです。

先生ご自身は法医学を選んで、良かったですか。

 今さら辞めるわけにはいかないですし、仕方ないとも思いますが、楽しくやっています。こうして若い人たちが一緒に仕事をしてくれるというのが一番幸せなことです。この仕事をしていると、警察とのやり取りや裁判でコマとして使われたり、期待されたりなど、嫌なことが色々とあります。でも、そういう嫌な目に遭っても、同僚がいるとやはり安心するんです。そういう意味では幸せです。
 

法医学教室に入るために

法医学教室に入るにも、2年間の初期臨床研修は必要なのですか。

 臨床研修を経なくても、法医学をやっていけますが、臨床も知っていて損はないでしょうね。

最近、千葉大学附属法医学教育研究センターに入られた方はどういった方が多いですか。

 やはり2年間の臨床研修を終えてから来る人が多いです。

センターに入ったあと、どのような教育を受けていくのですか。

 解剖が一人前になったら、あとは研究をしていきます。解剖は1年ぐらいすれば、一応の形にはなります。そのあとは一生勉強です。文献でも勉強しますが、経験も必要です。

指導にあたって、心がけていらっしゃることはありますか。

 私にもよく分からないことがあります。人間は経験したことのないものは分からないのです。全部が全部、分かるわけではないので、そういうときは色々なところに聞きに行ったり、文献をしっかり調べるように指導しています。私の言うことを信じるな、当てにするなとも言っていますね。

センターから出ていかれるときもあるのですか。

 もしどこかで引っ張ってくれれば、教授などになっていくという道もありえます。

先生は東大とも兼任されていますが、これはどんな経緯だったのですか。

 東大の教授が定年退職された際に、選考委員会から教授候補者として出るように言われたのですが、「でも私、千葉大をなかなか去れませんが」と言うと、「しばらく併任を認めることも可能」ということで選ばれたというのが経緯です。

東大でもご指導なさっているんですよね。

 東大でも授業や解剖などをやっています。両大学の教員は相互に行き来していますし、東大の人が千葉で解剖したり、千葉大の人が東京で解剖したりしています。東大の解剖は特殊なので、東大にだけいてもあまり勉強になりません。東京には監察医務院があるので、事件性のない事例監察医務院に持っていき、東大には事件性のある死体や事件性があるかわからない腐った死体ばかりを持ってくるというような事情があり、死体の種類が偏っているからです。そこで、経験できる解剖のバランスを取るためにも、東大の大学院生には千葉で経験を積んでいただいています。
 

若手医師へのメッセージ

それでは若手医師へメッセージをお願いします。

 臨床の知識は法医学でも非常に役に立ちますので、臨床に行った後でも少しでも関心があれば、是非、法医学にいらしてください。疲れたときに法医学に来るという方法もあります(笑)。私どもには元外科や元救急の女性医師がいます。女性医師の皆さんは外科医になるぞ、救急医になるぞと頑張っていても、結婚や出産で生活が大きく変わったりします。医学には法医学や公衆衛生といった社会医学という、臨床医学とは異なった興味深い学問もあります。人生の色々なことを契機にほかの医学分野に行くことができるという選択肢があるのです。

いつでも法医学に行けるのですか。

 そんなに年をとっていたら、難しいですよね(笑)。40代前半までなら大丈夫です。法医学は遣り甲斐のある領域なので、ほかの領域では味わえない世界を見ることができるでしょう。

法医学に興味があっても、今はまだ臨床にいるという医師がしておくべき勉強とはどのようなものですか。

 別にありません(笑)。臨床を普通に一生懸命やっておけば、あとは私どもでいくらでも一からお教えできます。診療科も何科でも結構です。臨床との考え方の違いは法医学をやっているうちに分かってくるはずです。折角の人生ですから、また新しい経験をするのは楽しいかもしれませんよ。

ありがとうございました。

 

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著者プロフィール

岩瀬博太郎 近影岩瀬 博太郎

千葉大学教授

1967年生まれ。
東京大学医学部卒業。同大法医学教室を経て、2003年より現職。
14年からは千葉大学附属法医学教育研究センターの初代センター長も務める。
同年から東京大学大学院法医学教室の教授も兼務し、同センターとの連携を図る。
年間300体以上の解剖を行う。
日本法医学会理事。


バックナンバー
  1. 岩瀬博太郎教授コラム
  2. 05. AI(人工知能)と法医学
  3. 04. 虐待
  4. 03. パロマガス湯沸かし器事件
  5. 02. 千葉大学の教授に就任する
  6. 01. 法医学者を志す

 

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