貧困は「人格の欠如」ではなく「金銭の欠乏」である(14:58)

ルトガー・ブレグマン(Rutger Bregman)
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対訳テキスト
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まずはシンプルな問いかけから始めます どうしてお金のない人は 思慮のない選択ばかりするのでしょう? 酷な問いですよね。でも データに表れています。 貧乏な人ほど 借金が多く 貯金は少なく 喫煙者が多く 運動する人は少なく 酒飲みは多く 食習慣も不健康です。 なぜでしょうか?

世間一般が考える答えを サッチャー元イギリス首相が 端的に表現しました。「貧困は性格上の欠陥だ」と言ったのです。

(笑)

つまり 人格の欠如であるのだと。

皆さんはまず ここまで あからさまな物言いはしないでしょう。 しかし 貧困者には何かおかしいところがあると考えるのは サッチャーだけではありません。 貧乏なのは自業自得だという 意見を持つ人もいるでしょう。 自ら招いた結果だと。 他には 選択を間違えないように 助けてやるべきだと言う人もいるでしょう。 どっちの考え方も 根底にある仮説は同じです。「本人に何か おかしいところがあるのだ」「変えてやることさえできれば」「生き方を教えてさえやれたら」「本人に聞く耳さえあれば」正直に言うと 私自身 ずっとそう考えていたのです。 それは違うと気づいたのは ほんの数年前です。 貧困についての私の考えは すべて間違いだったのだと。

事の始まりは たまたま アメリカの心理学者数人による 論文を発見したことでした。 約1万3千キロも旅して インドで実施した非常に興味深い調査についてのものです。 調査対象は サトウキビ農家でした。 なんと実は サトウキビ農家では 1年の収入の60%を 一回で一度に回収するのです。 収穫の直後にです。 つまり 一年の中で 比較的 貧乏な時期と 裕福な時期とがあるのです。 研究チームは農家の人々に知能テストを 収穫の前と後に受けてもらいました。 そうして明らかになった事実に 私は度肝を抜かれました。 収穫前の成績は収穫後よりも ずっと低かったのです。貧困生活の影響は 知能指数が14下がるのと。 同じことであると判明しました。 分かりやすく言えば 一晩徹夜した後の状態や アルコール依存のようなものです。

数ヶ月後、私は エルダー・シャフィアという この研究の著者の一人である プリンストン大学の教授が 私の住むオランダに来訪すると聞き、アムステルダムで会って 貧困について教授が提唱する 革新的な説について話を聞きました。 一言で言えば、貧困とは「欠乏の心理」なのです。 なんと 人は不足を認識したとき 行動が変わるのだそうです。 何が不足しているかは 関係ありません。 時間 お金 食べ物など、どれでも同じです。

皆さん誰もが経験しているはず。 やることが多すぎるとか 昼休みを遅らせたせいで血糖値がガクッと落ちたときとか、目の前の不足以外のものは 見えなくなってしまいます。 例えば 今すぐ食べたいサンドイッチ、5分後に迫る会議、明日払わなければいけない 請求書などです。こうなると 先を見て考える力が 麻痺してしまいます。新しいパソコンで重いプログラムを 同時に10個 作動させるようなものです。動作がどんどん遅くなり、エラーを連発し、最後には固まります。パソコン自体がダメなのではなく、同時にやることが多すぎるのです。貧乏な人は同じ問題を抱えています。 その人が愚かだから 愚かな選択をしているのではなく、どんな人であっても 愚かな選択をしてしまうような 状況に置かれているからです。

私は急に腑に落ちました。貧困対策プログラムが うまくいかない理由はこれだったのです。例えば 教育に資金を投入しても 全く効果がないというケースはザラです。貧困とは 知識の欠如ではないのです。金銭管理講座の 有効性を調べた近年の研究201件を検討したところ、有効性は ほぼゼロであるという 結論が出ました。ただし 誤解しないでください。貧乏な人は何も学ばないという 意味ではありません。苦労することで賢くなるのは 間違いありません。 しかし それでは不十分なのです。 シャフィア教授には こう言われました。「誰かに水泳を教えようとして 最初から荒海に放り込むようなものだ」。

私自身 それを聞いて 困惑しました。 何十年にも前に 出せていた結論じゃないかと思いました。 農家の研究をした心理学者たちは、複雑な脳スキャンなんか必要とせず 労働者の知能指数を測っただけです。 知能テストが発明されたのは 百年以上も前の話です。 実は、貧困者の心理学について 前にも読んだことがあったのでした。世界最高の作家の一人である ジョージ・オーウェルは、1920年代に自ら貧困を経験しました。 オーウェルは「貧困の本質とは 未来を握りつぶすものである」と書きました。自身の驚きから このようにも書いています。「収入が一定水準以下の人を見るやいなや 説教だの祈りだのを 当然の権利のように始める人が いかに多いことか」。

現代にも非常に よく当てはまる言葉です。もちろん 誰もが同じことを思うはず「何をすればいいのか?」現代の経済学者たちは いくつか対策を提唱しています。事務処理を支援したり 公共料金を払い忘れないよう 携帯にメールしたりなどです。現代の政治家が 非常に好む解決策です。たいていの理由は 非常に安上がりだからです。このような解決策は まさに 現代を象徴していると思います。対症療法ばかりで 根本の原因には目を向けません。

そこで こう思いました。貧困者の境遇自体を 変えてしまえばいいのでは? またパソコンの例えになりますが、ソフトウェアをいじるのはやめて メモリを増設すれば 簡単に解決できるのではないか? すると、シャフィア教授は ポカンとした顔になり、数秒してこう言いました「ああ 分かった。単純に 貧困者にお金を配れば 貧困を撲滅できると そう言いたいわけだね。まあ…そうなれば最高だけど、そういう いかにも左翼的な政策は アムスルダムでは通用しても アメリカには存在しないんだ」。

でも これって本当に 社会主義的な古臭い考えなのでしょうか? ここで私が思い出したのは、歴史を代表する思想家たちが 提唱してきた案でした。哲学者トマス・モアの『ユートピア』にこの考え方の兆候が見られます。5百年以上も前の本です。モアの理論の支持者は 左派から右派まで幅広く、市民権運動家 マーティン・ルーサー・キングも、経済学者ミルトン・フリードマンもそうです。それは とてつもなく単純な考えで「基礎所得保障」というものです。

その内容は まぁ 簡単です。食料 寝る場所 教育など 最低限度の生活に 必要な所得を毎月給付します。完全な無条件給付なので、受給するために何をしなければならないとか その金で何をしなければならないなど 誰にも言われません。基礎所得保障とは、恩ではなく権利なのです。また 不名誉なことでも 何でもありません。貧困の本質について 知っていくうちに こんな疑問が頭を離れなくなりました。「これが人類が待望していた 解決策なのだろうか。本当に そんな 単純なことなのだろうか」それからの3年間、基礎所得保障について あらゆる文献を読みました。世界中で行われた 何十もの実験について調べ、まもなくある街での事例に 行き当たりました。そこでは実際に 貧困ゼロを達成しました。しかし その後 ほぼ完全に忘れられていました。

発端はカナダの ドーファンという街です。1974年 この小さな街では 誰もが基礎所得を保障されていました。貧困線以下で生活する人を なくすという目的です。この実験が始まった当初 多くの研究者が押しかけました。4年間は 全てが順調でした。しかし その後 カナダに新政権が誕生して 新内閣は この金のかかる実験には ほぼ意味がないと考えました。そして 結果を分析する予算は 残されていないことが明らかになり、研究資料は2千以上の箱に分けてしまい込まれました。それから25年が経ち エヴリン・フォジェイという カナダ人教授が 記録を掘り起こしました。3年かけて 教授はデータを あらゆる種類の統計分析にかけましたが。どんなやり方をしても 毎回 出てくる結論は同じでした。実験は大成功だったというものです。

教授の調べにより ドーファンの住民は 富のみならず賢さと健康も得たことが判明しました。子どもたちの学校での成績は 大幅に向上しました。入院する人の数は8.5%も減りました。家庭内暴力は減り、精神的な問題を訴える人も減りました。住民は仕事を辞めたりも しませんでした。仕事をする量が やや減ったのは出産したばかりの女性と学生だけでした。教育を受ける年数が延びたためです。他にも 世界中 あちこちで実験が数限りなく行われ、同じような結果が出ています。場所はアメリカから インドまで様々です。

というわけで私は 次のような考えに至りました。貧困に関して言えば お金のある私たちは 知ったかぶりを止めるべきです。会ったこともない人々に 靴や ぬいぐるみを送るのは やめるべきです。保護者的統制主義の役人が動かす巨大な業界を撤廃して、支援の対象である貧困者たちに その分の給料を渡せばいいのです。

(拍手)

だって お金の素晴らしいところは、頼まれもしない専門家たちが 考えたものではなく 自分で必要だと思ったものを 買えるという点なのですから。想像してもみてください、どれだけの優秀な科学者や起業家や文筆家が— オーウェルがいい例です— 今この瞬間にも、貧しさの中で 弱り果てていることか。ついに貧困を根絶できたとしたら 、れだけの力と才能を 世に解き放つことができるか。基礎所得保障にはベンチャーキャピタル のような効果を人々にもたらすはずです。実施しなければ大損です。貧困とは非常に金のかかるものだからです。例えば アメリカで子どもの貧困対策に かかっている費用を考えてみれば――年間5千億ドルにも上ると 言われています。医療費に 学校教育からの脱落率に 犯罪率の増加を考慮すると そういう計算になります。これは 人間の潜在能力の とてつもない浪費です。

しかし 誰もが目をそらす 肝心の難題に入りましょう。基礎所得を保障する金なんて一体どうやって捻出できるというのか。実は皆さんが考えるよりも ずっと安上がりなのです。ドーファンではどうしたかというと「負の所得税」を導入しました。貧困線以下に陥った人には追加所得が支給されるという仕組みです。このシナリオでは 現代の経済学者が考える 最善の予想では 1750億ドルの実費―アメリカの軍事費の4分の1、GDP1%に当たる金額でアメリカの貧困者全員が 貧困線から抜け出せます。貧困の撲滅が実現するのです。これを目標にすべきでしょう。

(拍手)

ちょっとした寄付や後押しをしよう という時代は終わりです。急進的で斬新なアイデアを 打ち出す時が来ています。基礎所得保障は単なる政策よりも ずっと意味があります。仕事とは何かという概念を 根本から覆すものでもあります。そういった意味では 貧困者を解放するだけでなく、私たち皆 自由になれるのです。

このところ 仕事に意味や意義を 見いだせないという人が 何百万人もいます。 142ヶ国 23万人の会社員を 対象とした最近の調査によると、実際に仕事が好きだという人は たったの13%でした。もう1つの調査では イギリスの会社員の37%が 自分の仕事の存在意義さえ 疑っているという結果が出ました。『ファイトクラブ』のブラッド・ピットの言葉「要りもしないガラクタを買うために 嫌いな仕事をしてるヤツが多すぎる」。

(笑)

誤解のないように言っておくと 教師とか ゴミ収集業者とか 介護職の話を しているわけではありません。そういう人たちがいなくなったら大変です。私の言う不要な仕事とは、立派な経歴を持つ高給取りのビジネスマンが「ピア・ツー・ピア」の「業務戦略会議」で「インターネット社会における 付加価値の創造」だの「革新的な価値共創」だのを「ブレインストーミング」する――

(笑)

(拍手)

そういう系の仕事です。だって おかしいでしょう。どれだけの才能を浪費していることか。そもそも私たちが 子どもたちに「生きるために働け」と教えるからです。Facebookで働く数学の天才が何年か前に嘆いていましたね。「私の世代最高の頭脳が考えることが、よりにもよって ウェブ広告のクリックをどうやって増やすかだなんて」。

私は歴史家です 歴史から何か学べることがあるとすれば 世の中は変えられるということです。人が作った社会や経済の構造に 不可抗力なんて1つもないんです。アイデアは世界を変えられるし、実際 変えるんです。特に、この数年で痛烈に明らかになったのは、もう現状にしがみついてはいられないし、新しいアイデアが必要だということです。

広がり続ける格差や 外国人排斥傾向や 気候変動などの行方について 悲観的に思っている方も 多いでしょう。でも 何に対して 反対なのかだけじゃなく、何に賛成なのかも考えるべきです。キング牧師は「私には悪夢がある」とは言いませんでした。

(笑)

彼には夢があったのです。

(拍手)

ですから これが私の夢です。私が信じる未来では、人の仕事の価値を決めるのは 給料の額ではなく、周りに広げる幸せや 周りに与える意義です。私の信じる未来では 教育は ありふれた不用な仕事の 準備段階ではなく、いい人生の準備段階です。私が信じる未来では、貧困と無縁の生活が特権ではなく誰にとっても当然なのです。さて 肝心なのは ここからです。研究結果も証拠も揃っていますし、実行手段も明らかです。

そして トマス・モアが基礎所得保障を提唱してから5百年以上になり ジョージ・オーウェルが貧困の本質を 突き止めてから百年以上になります 私たち 誰もが 世界観を改めねばなりません 貧困とは 人格の欠如ではありません 貧困とは 金銭の欠乏なのです。

ありがとうございました。

(拍手)

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このプレゼンテーションについて

「アイデアは世界を変えられるし、実際に変えるんです」と言う歴史家のルトガー・ブレグマン。物議をかもす「基礎所得の保障」という主張を展開し、このアイデアが持つ5百年の歴史や、現代に行われるも忘れられてしまった、とある実験が実は成功していたという事実などが次々に明らかになります。もし、貧困をついに根絶できたとしたら、どれだけの力と才能を世に解き放つことができるのか、考えてみましょう。

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