魚の群れから学習する知能機械(10:51)

ラディカ・ナグパール(Radhika Nagpal)
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対訳テキスト
講演内容の日本語対訳テキストです。
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大学院に進んだばかりの頃 バハマ諸島沖に シュノーケリングに行きました それまで海で 泳いだことがなかった私には ちょっと怖かったのですが 一番記憶に残っているのは 頭まで水に沈めて シュノーケルで息をしようと 必死になっているときに 黄色と黒の縞模様の魚が ものすごい大群で 私を目がけて やって来たときのことです 私は凍り付きました でも その大群は 私に向かって来たと思えば まるで気でも変えたかのように すっと右にそれて 私をよけて行ったのです 本当にうっとりする光景でした 皆さんもご経験が おありかもしれません もちろん 魚の群れが鮮やかで 美しいということもありますが 一糸乱れぬ一体感がまた 素晴らしいものでした まるで 何百もの魚が 個々に存在するのではなく ただ1つの存在として 集団で共有される1つの頭で 意思決定しているようでした 振り返ってみれば 私の研究人生の大枠は この経験で決まったのだ と思います

私はコンピューター科学者で 人工知能(AI)を専門としています AI分野における重要テーマに 自然界で見られる知性と同じ働きをする 独自の計算システムを作り出すことで 知性を理解する というものがあります AIと言うと 空想科学小説や映画の世界を 思い浮かべる方が多いでしょう 私も『スター・ウォーズ』が大好きです でも そこで描かれる知性は 得てして人間主体のものです 魚の群れや ムクドリの群れの様子を 思い起こしてみると そこには まったく違う知性が あるように感じられます まず どんな魚でも1匹は 群れ全体からすると ものすごく小さいものなので 1つ1つの個体は 何が起こっているのか把握しようにも 本当に限られた 身のまわりのことしか 分からないはずです ですから そこで働く知性は 個体のものではなく その集団そのものが所有するもの と言えるでしょう

次に 今でも本当に驚嘆すべきことだ と思っているのですが こうした魚の群れには 全体を監督するリーダーのような魚はいません 個々の魚同士が 相互に作用し合うことで 信じられないような 集団の知による行動が生まれるのです どうやら 近くにいる魚との間で こうした相互作用や 行動規則が働くことで この動きができているようです

ですからAIにおいて考えるべきは こういった知性を生み出す 行動規則が何であるのか 私たちがそれを作り出せるのか になります

これが私の研究室で チームを組んでやっている主な研究です 理論的な観点から 抽象的な規則体系を子細に見て その背景にある数学的関係を 見出そうとしています また生物学の観点からも 実験研究者と密接に連携して研究しています でも 主となるのは ロボット工学の立場から 私たち独自の集団的なシステムを 作り上げて 自然界と同じように動かす― 少なくとも それに近づけることです

その中でも初めの頃に行った ロボットを使った挑戦が ロボット1千台で独自のコロニーを 作り上げることでした とてもシンプルながら 集団的知性を発揮できるように プログラムできるロボットで それには成功しました ロボット単体ではこんな感じで すごく小さく 25セント硬貨くらいです 動きをプログラムできるのですが ほかのロボットと無線で交信したり まわりのロボットとの距離を 測ったりもできます これで 周辺の個体との相互作用 つまり行動規則を 正確にプログラムできるように なったわけです ひとたび こうしたシステムができれば 自然界で見られる 多種多様な行動規則も プログラムできるようになります

例えば 自発的同期と呼ばれる行動です 誰かの拍手をきっかけに 急に皆が一斉に拍手するようになるとか 蛍が一斉に光る といったものです パターン形成にかかる規則も プログラムできます 組織内の細胞がそれぞれ 自らの役割を分かって パターンを形成し 人体を形づくるようにです 移動の規則もプログラムできます こんな風に自然界の規則から どんどん学んでいます

さらにもう一歩先に 進めることもできます 自然から学んだ こうした規則を 組み合わせて 私たち独自の まったく新しい集団行動を 作り出すのです

例えば 2つの規則があるとしましょう 1つは 動作に関する規則で 作動中のロボットは静止しているロボットの 周囲を回れるというものです もう1つはパターンの規則で 隣接する2つのロボットによって 自らの色が決まるというものです パターンが生まれる きっかけを ロボット群に与えておくと この2つの規則だけで その集団は 単純な線形パターンを 自ら形づくれるようになります パターンを決める もっと複雑な規則を作り エラー訂正規則も加えると かなり複雑な自己組織化を させることもできます このようなものです

ここでは1千台のロボットが 一緒になって「K」という文字を 自ら形づくっているところです 横向きのKです 大事なのは 誰かの指示で 動いているわけではないことです 個々のロボットは まわりにいる 少数のロボットと交信しているだけで 完成途上にある形のまわりを 動作規則に従って動き パターンの規則にもとづいて 自分が当てはまる場所を探すのです どのロボットも 完ぺきではありませんが これらの規則のお陰で ロボット全体が一丸となり 確実に目標を達成できます そして 完ぺきと言わんばかりの 錯覚が生まれます― 個々のロボットが 独立して動いているとは気づかないくらい ロボット全体が 1つの存在 魚の群れのようになるのです

これらのロボットや規則は 2次元でのものでしたが 3次元でロボットや規則を 考えることもできます 自ら何かを建てられるロボットを 作り出せたら どうでしょう? この点では 社会性昆虫が 参考になります アリ塚をつくるシロアリや 軍隊アリは 泥や 時には自らの体まで使って 素晴らしく複雑な構造の巣を 作ります 先ほどお見せしたシステムのように これらの昆虫にも 実は パターンの規則が備わっていて それによって 何を作るか決まっているのです ただ ほかの昆虫や泥でパターンが 作られるというだけです 同じ考え方を使って ロボット用の規則を作ることができます

こちらが ロボットの シミュレーションです このロボットの持つ動作規則は 構造物の全体をたどって俯瞰し 当てはまる場所を探す というものです さらに パターンの規則で ブロックのかたまりを見て 新たなブロックを置くか 決めるようになっています 適切な動作規則とパターンの規則を 与えることで ロボットに 私たちが望むものを 何でも建てさせることができます もちろん 誰だって 自分の「タワー」がほしいですよね

(笑)

こうした規則ができたら その規則に見合ったロボット本体を 作ることができます こちらは ブロックをのぼることのできる ロボットで ブロックを持ち上げたり 動かしたりもでき 自分が身を置く構造そのものにも 手を加えられます この規則に見合う形で 考えられるロボット本体の形は これだけではありません もっといろんなものを 想像できます 砂のうを運んで 土手を作るのを手伝ってくれるロボットも できるかもしれませんし やわらかい素材でロボットを作り 崩壊した建物を支える作業を 一緒にすることもできます まったく同じ規則を 様々なロボット本体に使えるのです あるいは 私たちのように 軍隊アリに魅せられてしまったなら いつか 文字どおり何でも 乗り越えるロボットを作れるかもしれません 仲間の上でもお構いなしにのぼり 自分たちの体を使って 自ら物を組み立てるのです 規則さえ理解してしまえば 多種多様なロボットのあり方が 実現できるのです

さて シュノーケリングの話に戻りますと 私たちは 魚の群れが用いる規則の かなりの部分を理解しました それに見合ったロボット本体を発明すれば もしかすると将来的には 私たちは 自ら作った魚の群れと シュノーケリングを楽しめるかもしれません

これまでご紹介した システムの開発を通じて 私たちは 数学的、概念的なツールを活用して 私たち独自の集団の力を 生み出すのに一歩近づいており これは将来 様々なことに応用できます 洪水を防ぐ堤防を作るロボットであるとか 作物の受粉をしてくれる ハチ型ロボットのコロニーとか サンゴ礁の監視をする 水中ロボットの群れとか そして ちょっと背伸びをして 衛星集団を プログラムすることも考えています どのシステムにおいても 行動規則の設計の仕方を理解して 良い集団行動を生み出すことが こうした構想を実現する 鍵となります

さて これまで昆虫や魚や ロボットに関わる規則について お話ししてきましたが 私たち 人間の集団に 当てはまる規則はどうでしょうか? 最後に皆さんにお伝えしたいのは 科学というものは それ自体が 素晴らしい集団的知性を 体現するものですが 私の研究対象である 美しい魚の群れとは違い 私たちの進化は もっともっと長く続くと思うのです ですから ロボットの集団にかかる 科学の発展に取り組むだけでなく ロボットや規則を作ることを通じて 科学に関わる共同体として 私たち自身を高めていけるよう 努めています 私の大好きな名言があります 「どんな人が科学をするかによって 科学でできることが決まる」 こんな行動規則がある社会を 想像してみてください 子どもたち皆が いつかここに立って 未来の科学技術者になれると 信じて育ち 大人もまた 科学技術と 日々の生活との関わりを 理解するだけでなく それを変えられると信じる社会です そんな社会になったら どうでしょう? 私たちにはできる と信じています 自らの規則を選び ロボットだけではなく 私たち人間集団を 動かしていけると信じています もし それが叶ったときには それは素晴らしいものになるでしょう

ありがとうございました

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このプレゼンテーションについて

空想科学小説が描く未来では、人工知能は私たちと同じ筋道で思考をするようになっています。でも、自然界にある他の知性をモデルに人工知能を作り上げたらどうでしょう? ロボット技術者のラディカ・ナグパールは、昆虫や魚の群れが示す集団的知性を研究し、それらの行動規則を理解しようとしています。この先見性のあるトークで、ナグパールは人工的に集団の力を作り出す自らの研究を紹介するとともに、ロボットが群れをなして堤防を作ったり、作物の受粉をしたり、サンゴ礁の監視や衛星の集団形成をしたりする未来を語ります。

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