北朝鮮での拘束生活で、見えてきたもの(11:59)

ユナ・リー(Euna Lee)
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対訳テキスト
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最近『ハーバード・ビジネス・レビュー』で 若者が仕事に何を求めているかについての 記事を読みました 印象的だったのは ただ語るだけでなく 実際に何らかの影響を 与えようとしていることです 私は 皆さんより ちょっと年上ですが― いや だいぶ年上かもしれませんが 私が大学時代に抱いていた目標も これと まったく同じものでした 不公正な扱いを受けている人に 自分なりに 影響を与えたいと思っていました だから ドキュメンタリーを扱う 記者になったわけですが 同じ理由で 北朝鮮で140日間 拘束されることにもなりました

2009年3月17日のことです 皆さんにとっては 聖パトリックの祝日でしょうが その日 私の人生は 180度変わることになりました 当時 私たちは 人間らしい生活すらかなわない― 中国の脱北者の姿を追い ドキュメンタリーを制作していました 私たちは国境にいました 撮影最終日のことです そこには鉄条網も 柵も 国境を示すものは 何もありませんでした でも そこが 多くの脱北者が使う― 逃避経路だったのです まだ冬で 川も凍っていました 私たちは 凍った川の真ん中に立ち 北朝鮮の人たちが 自由を手に入れるために どのような寒さや環境に 立ち向かわねばならないか 撮影していました 突然 取材班の1人が叫びました 「兵士だ!」 振り向くと 緑色の制服を着てライフル銃を持った 2人の小さな兵士が 追いかけてきていました 私たちは全速力で走りました どうか頭を撃たないで と祈りました それと同時に 中国側の国土に 両足を踏み入れさえすれば 安全だとも考えていました 私は なんとか中国に入りましたが 同僚のローラ・リンが 膝からくずれるのを見ました 一瞬 何をどうすればいいのか 分かりませんでしたが ローラの言葉を聞き 置いては行けないと思ったのです 「ユナ 脚の感覚がない」 と言ったのです

あっという間に 私たちは 2人の北朝鮮兵に囲まれていました 北朝鮮兵の体格は 私たちと大差ありませんでしたが 2人は陸軍基地に 連行しようとしていました 私は 何とか助けてほしいと 懇願し叫びました 中国側から誰か 現れはしないかと期待しながら 銃を持ち 訓練された兵士に対しても 果敢に挑む自分がいました 私は 兵士の目をじっと見ました 彼はまだ子どもでした その瞬間 彼はライフル銃を振りかざし 私をぶとうとしました でも彼には ためらう様子が 見て取れました 目は小刻みに動き ライフル銃も宙に浮いたままです 私は叫びました 「わかったわ 一緒に歩いて行くから」 私は立ち上がりました

陸軍基地に到着したとき 私は 最悪の事態に備え 頭の中で必死に考えていたのですが 同僚が口にしたことは 何の助けにもなりませんでした 「私たちは敵ね」と言ったのです 確かにそのとおりで 私たちは敵でした そしてずっと恐怖に 震えるはずでした でも 奇妙な出来事が続きました このときは ある役人が 私が温まれるようにと 自分のコートを 差し出してくれました 凍った川の上で 兵士の1人ともみあっているうちに 私がコートをなくしていたからです

なぜ これが奇妙なのか お話ししましょう 私が育った韓国では 北朝鮮はいつも敵とされてきました 私が生まれる前からです 北と南は 朝鮮戦争の終結以来 63年間 休戦状態にあります 80年代、90年代に 韓国で育った私たちは 北朝鮮に対するプロパガンダを 教え込まれてきました 生々しい話もたくさん聞きました 小さな男の子が 「共産主義者は嫌いだ」と言っただけで 北朝鮮のスパイに 無残な殺され方をしたといった風にです こんなアニメ番組も見ました 韓国人の男の子が 丸々と太った赤い豚を打ち負かす話です この豚は 当時の北朝鮮の 初代最高指導者を表しています こうした恐ろしい話を 何度も何度も聞かされて 幼い心に植え付けられた言葉が 「敵」なのです いつしか私は 彼らのことを人間とは思わなくなり 北朝鮮に住む人たちを 北朝鮮政府と 同一視するようになっていました

さて 拘束されたときの話に戻ります あれは 独房に入れられて 2日目のことでした 私は 国境に出たときから 一睡もしていませんでした 若い看守がやって来て 小さなゆで卵を差し出して 言ったのです 「これを食べたら力がつくから」 どんな感じか分かりますか? 敵の手中にありながら ささやかな親切を受けるのです 親切にされるたび 私は この優しさの後には 最悪の事態が待っているんだ と思っていました 私が緊張しているのに気づいた役人は こう言いました 「私たちが皆 あの赤い豚のようだ と思ってるのか?」 さきほどお見せしたアニメのことを 言っているのです 毎日 精神的な戦いを 強いられていました 尋問官は 私を机の前に座らせ 週6日間 私の旅程や仕事について 書かせました 彼らがほしい証言を私が書くまで 何度も何度もです

3か月の勾留ののち 北朝鮮の裁判所は判決を下し 労働教化刑12年が 言い渡されました 私は自室でただ座って 移送を待っていました そのとき 本当に 何もすることがなく 女性看守2人のことを 注意深く見て 2人の会話を聞いていました 年上の方の看守Aは 英語を勉強していたようでした 裕福な家庭の出身らしく きれいな色のワンピースを よく着てきては 見せびらかしていました もう1人の若い看守Bは すごく歌がうまい子でした 十八番がセリーヌ・ディオンの 『マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン』で 時々 嫌になるくらい歌うんです 意図せず 私を苦しめるのが 得意でした

(笑)

この看守は朝 すごい時間をかけて メイクをしていました 普通の若い女の子と同じようにです それから2人は 番組として より質の高い― 中国制作のドラマが大好きでした あるとき 看守Bが 「これを見たら 自国のテレビ番組なんて 見る気がしないわ」と言って 怒られていました 自国のテレビ番組を けなしてはいけないと 看守Bは 年上の看守Aよりも もっと自由な考え方をしていて 自分の考えを口に出しては よく 看守Aに怒られていました

あるとき 2人は 女性の同僚をみんな集めて― 一体どこから来たのか分かりませんが― 私がいる勾留施設に来ました 私も看守の部屋に 呼ばれました そして尋ねられたのが 「アメリカでは一夜限りの関係って 本当にあるの?」です

(笑)

ここは 若い男女が 公の場で手をつなぐことさえ 許されない国です こんな情報をどこで 仕入れたのか分かりませんが 私が何か言う前から 彼女たちは 恥ずかしそうに くすくす笑っていました 誰もが 私が囚人だということを 忘れているようでした 私は高校時代の教室に 戻ったかのように感じました そして この子たちもまた 同じようなアニメを見て育っていました ただプロパガンダが韓国とアメリカに 向けられているというだけです ここの人々の怒りがどこから来るのか 分かってきました この子たちが 私たちが敵だと 教えられて育てば 私たちを嫌うようになって 当然です 私が彼らを怖がるのと 同じことです でも あのときだけは 私たちは ただの女の子同士 同じ関心事について 語り合っていました 私たちを隔てるイデオロギーを 超越したところにいたのです

帰国してから カレントTVの当時の上司に このような体験について話したところ 開口一番に言われたのがこれです 「ストックホルム症候群って 知っているか?」 ええ 知っています それに私ははっきり覚えています あの恐怖 脅されるときの感情 そして尋問者との間で高まる緊張 話が政治に及ぶと いつも そうでした お互いに乗り越えられない壁が そこにはありました でも 人間同士でいられる時間も 確かにあったのです 家族のことや 日々の生活 子どもたちの将来の大切さを 語り合うときです

帰国する1か月ほど前 私は ひどく体調を崩しました 看守Bが部屋に さよならを言いに来てくれました 彼女は拘置所を 去ることになったのです 彼女は 誰にも見られておらず 誰も聞いていないことを確認し 静かに言ったのです 「体調が良くなって 家族のもとにすぐ戻れると良いわね」 この人たち― 私にコートを差し出してくれた役人 ゆで卵をくれた看守 アメリカでの恋愛事情を 私に尋ねた女性看守たち こういった人たちが 私が北朝鮮と聞いて思い出す人たちなんです 私たちと同じような人間です 北朝鮮人や私は 各国の大使ではありませんが 私たちは人類を代表していたのだと 信じています

今 私は家に帰り 普段の生活に戻っています お話しした人たちの記憶は 時間とともに薄れてきました そして ここにいると アメリカを挑発する北朝鮮について 見聞きします ともすれば 彼らをまた敵だと 考えてしまいそうになります だから私は あの場所にいたときのことを 思い起こすのです あのとき 敵の目の中に 私が見たのは 憎しみよりも 人間らしさだったということを

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このプレゼンテーションについて

2009年3月、記者のユナ・リーとローラ・リンは中朝国境でドキュメンタリーの撮影をしているとき、北朝鮮兵に拘束されました。裁判所は労働教化刑12年を言い渡しましたが、アメリカ外交筋の交渉で2人は最終的に解放されました。この驚きと人間味にあふれるトークで、リーは拘置所で「敵」として過ごした140日間の経験を共有し、看守たちのささやかながら人間らしい素振りに支えられたことを語ります。

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