CRISPRについて、みんなが知るべきこと(9:53)

エレン・ヨルゲンセン(Ellen Jorgensen)
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対訳テキスト
講演内容の日本語対訳テキストです。
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皆さん「CRISPR」について 聞いたことは? 聞いたことがなかったら 私にはショックですね。

これはゲノム編集の技術で とても用途が広く 論争も多いので 実に興味深い あらゆる議論が 巻き起こっています。ケナガマンモスを復活させるべきか? ヒト胚の編集はすべきか? そして私のお気に入りは これ この技術を使って 人類にとって害があると 考えられている種を 地球上から完全に滅ぼすことが 正当化できるか?

この科学の分野は それを管理する規制の仕組みより はるかに速く進んでいます。だから私が この6年間 自分の使命として行動してきたのは できるだけ多くの人に このような技術と その影響を しっかり理解してもらうためです。

CRISPR は マスコミが騒ぐ 格好のネタになっていて、その中で最もよく使われる言葉が 「簡単」と「安価」です。そこで私が少し掘り下げて 検討したいのは、CRISPR にまつわる 神話と現実についてです。

ゲノムにCRISPRを使う場合 はじめにDNAに 傷をつけなければなりません。この傷は 二重らせんを 2本鎖とも切断するという 形をとります。すると細胞の修復プロセスが 始まるので このプロセスに対して 自然な編集ではなく 私たちが望む編集をするように 働きかけます。そういう仕組みです。このシステムは 2つの部分から成ります。1つは「Cas9タンパク質」もう1つは「ガイドRNA」で、こちらは誘導ミサイルのようなものです。さてCas9 は――私はよく擬人化するんですが Cas9 はDNAをかじろうとする パックマンのようなもので、ガイドRNAは 自分と適合する部位を 見つけるまで ゲノムから Cas9を遠ざけておく リードのようなものです。この2つを合わせて CRISPRと呼びます。このシステムは 遥か太古の バクテリアの免疫機構を 真似たものです。

すごいのは、ガイドRNAの中の わずか20塩基が 標的を定めるという点です。設計も実に簡単ですし 購入しても安価です。それはシステム内で モジュールになっていて、他の部分はまったく変わりません。そのおかげで とても簡単で 強力なシステムになっています。

ガイドRNAとCas9タンパク質は 複合体を形成し、ゲノムのあちこちにぶつかり、ガイドRNAと 適合する部位を見つけると 二重らせんの2本鎖の間にもぐり込み、DNAを引き離して Cas9タンパク質による 切断を誘発します。すると突然 DNAの一部が壊れるため、細胞は完全に パニックに陥ります。

細胞はどうするのか? 初期対応システムを呼び出します。主な修復過程は2つあります。1つ目は 切断されたDNAを 無理やり元のようにくっつけます。これは あまり効率が良くありません。塩基が欠落したり 付け足されたりする 場合があるからです。遺伝子の機能を無効にする場合には まあ 悪くない方法でしょうが、ゲノム編集には あまり向きません。

もう1つの修復過程は はるかに興味深いものです。この修復過程では DNAの相同部位が必要です。ヒトのような2倍体生物は ゲノムの一つのコピーを母親から、もう一つを父親から受け取るので 一方が損傷を受けても もう一方の染色体を使って 修復できます。これが この修復過程の源です。修復が完了し ゲノムは また元通りになります。

この過程を乗っ取るためには 偽物のDNAの断片を与えます。この断片の両端は相同ですが 真ん中は違うものです。こうすると中央に 何でも好きに挿入して 細胞を騙すことができます。こうして塩基の変更や削除が 可能になりますが、極めて重要な点は まるでトロイの木馬のように 新しいDNAを挿入できることです。

CRISPRは驚くべきものに なるでしょう。この技術から生じるであろう 様々な科学の進歩は 膨大な数に上るからです。この技術が特別なのは、モジュール式標的システムという点です。我々は長年 強引に DNAを生物へ導入してきましたが、このモジュール式 標的システムのおかげで DNAを意図した場所に 挿入できるのです

ただ問題なのは この技術が「安価で簡単」と 言われ過ぎていることです。私はコミュニティー・ラボを 運営していますが、いろいろな人から こんなメールが来るようになりました。

「夕方 ラボが開いてる時に行って、CRISPRとか使って 自分のゲノムを操作できる?」

観衆:(笑)

本気でそう言って来るんです。
私は「それは無理です」と答えます。

観衆:(笑)

「でも値段が安くて 簡単だって聞いたよ」

この点について検討しましょう。どのくらい安価なのか? 確かに相対的には安価です。実験に使う試薬の平均が 数千ドルだったものが 数百ドルになるでしょうし、時間も大幅に短縮できます。何週間単位から 何日単位になるのです。これはいいことです。それでも作業するには 専門の研究室が必要です。プロ用の研究室以外で 意味のあることはできないのです。「キッチンでも できる」なんて言葉を 本気にしてはいけません。こういった研究は 簡単なものではないんです。それに加えて 特許をめぐって係争中なので、たとえ何か発明できたとしても ブロード研究所とUCバークレー校の 壮絶な特許闘争に巻き込まれます。この闘争の展開は 実に興味深くて、主張は嘘だと 互いに非難し合い、こんな証言を提出しています。「確かに自分の実験ノートに サインしたよ」って。和解には何年もかかるでしょう。それに和解しても この技術を応用するには 巨額のライセンス料がかかることに なるはずです。これで本当に安いと 言えるでしょうか? することが基礎研究で、自前の研究室があれば 安いでしょう。

では簡単でしょうか? この点を検討しましょう。悪魔は常に細部に宿ります。細胞について 実は まだよくわかっていません。未だにブラック・ボックスなのです。例えば、ある種のガイドRNAは うまく機能するのに 別のが機能しない理由は わかっていません。ある細胞が 一つの修復過程をとり、別の細胞は他の修復過程をとるその理由もわかっていません。

それ以外に、そもそも このシステムを 細胞に導入すること自体に 問題があります。培養皿の中なら それほど難しくないのに、個体全体に適用するのは とても厄介なのです。血液や骨髄のようなものの場合は 問題ありませんし、これらは現在 たくさん研究されています。

ある白血病の少女が、CRISPRに先行する技術を用いて 採血し 血液細胞の遺伝子を編集して 体内に戻すことで 助かったという 素晴らしい話もありました。みんな こういった研究を 進めていくでしょう。でも現状では体全体に 導入しようとすれば ウイルスを使う必要があるでしょう。CRISPRを ウイルスに導入し 細胞に感染させるのです。ただ ウイルスを体内に入れると その長期的な影響は わかりません。さらにCRISPRでは 可能性はごくわずかですが 標的外の部位を切断する事があります。長い期間には どんなことが起こるでしょう?

これらは瑣末な問題ではなく、解決しようとしている 科学者たちもいますし、おそらく いつか 解消されるでしょう。でも即 利用可能というわけでは ありません。そうなると簡単と言えるでしょうか? 特定のシステムについて 数年間かけて解決するなら 簡単でしょう。

さらに別の問題は、ゲノムの特定の部位を変更して 思い通りの結果を出す方法が あまりよくわかっていないことです。例えばブタに羽根を 生やす方法がわかるのは ずっと先のことでしょう。足を1本 増やす位で 我慢するとしてもです。それが可能なら すごいでしょう? 一方、実際には CRISPRは 何千もの科学者たちによって 極めて重要な研究で使われています。例えば動物を使って より優れた疾患モデルを作る研究や、有益な化学物質の 生成過程をとりあげて、それを産業製造規模にして発酵タンクで利用する研究、遺伝子の役割に関する 基礎研究にも使われています。

これこそ 私たちが伝えるべき CRISPRの話です。私は こういうことが全部 派手な面に埋もれてしまうのが 気に入らないのです。CRISPRを実現するために 多くの科学者が 多くの研究をしてきました。そして私が興味があるのは、この科学者たちが 私たちの社会に支えられていることです。

考えてみてください。私たちの社会にはインフラがあり、そのおかげで 一定の割合の人々が 常に研究をしていられるのです。この事実によって、私たち全員が CRISPRの発明者であり その番人になっていると 言って過言ではないでしょう。私たち全員に責任があります。

だから 皆さんに こういった技術を学んで欲しいのです。なぜなら、そうすることで初めて こういう技術の発達や活用方法を 自分たちの手で導くことが できるようになり、最終的には 有益な成果として この地球と我々に もたらされるのですから。

ありがとう(拍手)

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このプレゼンテーションについて

ケナガマンモスは復活させるべきでしょうか?ヒト胚の遺伝子編集は?あるいは人間にとって害があるとされる種を全滅させることは?ゲノム編集技術CRISPRは、こういった途方も無い問題を検討する根拠を与えました。でも、その仕組みはどうなっているのでしょう。科学者でコミュニティ・ラボを提唱するエレン・ヨルゲンセンが今、熱心に取り組んでいるのは、科学者以外の人々にCRISPRの神話と現実を冷静に説明することです。

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