アフリカの若者が自らの声を見出したツイッターという場所(14:22)

シヤンダ・モフツィシバ(Siyanda Mohutsiwa)
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対訳テキスト
講演内容の日本語対訳テキストです。
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それは 1つの質問から始まりました 「もしアフリカがバーなら 貴方の国は 何を飲み 何をするでしょうか?」 南アフリカだったら こんな感じかなって返したのは 少しだけルールから外れていました 南アフリカは 「私の国」ではないからです しかし 数十年にも渡る アパルトヘイトによる荒廃の後に 人種差別のない社会を構築しようと たゆまぬ努力を 続けている南アフリカに言及して こうツイートしました #もしアフリカがバーなら 南アフリカは全種類のお酒を飲んで 「胃の中で皆うまくやってね」と 願うでしょう。

それから 待ってみました 私は「やりすぎたかな」と なんだか落ち着かなくなり 自分の国と 馴染みのある国々に関するツイートを 他にも いくつか送信してみました そうして再び待ちました でも今度は 自分の全てのツイートに ざっと目を通しました 納得する為に― いえ ダメ押しをする為です ―本当に面白いんだって 誰も分かってくれなくても それはそれで良いと思いました。

しかしラッキーな事に そんなに 長く待たずにすみました 間もなく 皆がツイートして来たのです 実際 7月のその週の終わりまでには ハッシュタグ IfAfricaWasABar が 集めた約6万のツイートは 大陸を輝やかせ 世界中に広まっていったのです。

このハッシュタグは いろんな使い方をされました ステレオタイプをネタに― [ もしアフリカが バーなら ナイジェリアは 入場料を払うよ と言いつつ 入ってこない だって口座情報を狙っているだけだから ](笑)

政府の財政支出を批判して― [ もしアフリカが バーなら 南アフリカは 発音も出来ないボトルを注文して ツケにするけど払えない ]

地政学的な緊張に 焦点を当て― [ もしアフリカが バーなら 南スーダンはキレまくってる 新顔の客 ]

アフリカには 存在を忘れられた 国がある事を思い出して― [ もしアフリカが バーなら レソソはいつも写真に写っているけど あいつ誰だっけ?]

アフリカの国だということを忘れている国のネタ― [ もしアフリカがバーなら エジプト リビア、チュニジア、アルジェリア、モロッコは 「一体俺達ここで何してんの?!!」 みたいな ](笑)

大きく方向転換をした国について― [ もしアフリカが バーなら ルワンダは お金も何もない女の子だったけど 飲んでハッピーでリッチになった ]

しかし 何より重要なことは このハッシュタグを使って 皆が繋がっていたのです 自分のアフリカを超えたところで 繋がっていました 7月の1週間 ツイッターは 本物の「アフリカのバー」になりました 本当にワクワクしました 汎アフリカ主義って こういうことかも と気づいたからです 私達の前、私達の間、私達の指先には プラットフォームがすでにあり あとはほんの小さな火花だけで 私達の中にある お互いへの渇望に火が付くのです。

私の名は シヤンダ・モフツィシバです 22歳で 生まれながらの汎アフリカ主義者です さて そう断言するのも 両親がアフリカの 異なる二つの国の出身だからです 父はボツワナという ドイツよりほんの少し大きな アフリカ南部の国の出身です 今年 民主化50周年を祝っており 非常に進歩的な政策を持っています 母はスワジランド王国― 同じアフリカ南部にある とても小さな国の出身で そこはアフリカ最後の 完全な君主国家です 王と王室によって 伝統に基づき 非常に長い間 支配され続けてきました。

制度だけ見ると この二つの国は 大変異なっています 子どもの頃 私は 両国の違いに気づいていました 一方の国では雨が多いのですが もう一方はそれ程ではありません しかしそれ以外には 両親が違う国の出身という事が 何故 重要なのかを 本当には分かっていませんでした それは私に とても独特の影響を与え続けました 私は一方の国で産まれ もう一方の国で育ちました。

家族でボツワナに引っ越した時 私はスワジ語を流暢に話し 他の言葉は 話せない子どもでした そこで自分の新たな故郷や 新たな文化的アイデンティティに 完全な他所者として 引き合わされました 家族や国に言われていること 私が取り組むべき伝統など 何も理解することが出来ないまま― しかし間もなく 私はスワジ語を捨てました スワジランドに戻ると スワジ人でなくなっていく自分との 葛藤が絶えませんでした。

それに加えて 生徒の 「アフリカらしさ」をなくすことが目的の 私立学校に入学したことにより 私は非常に特異な 思春期を送りました しかし私の「アイデンティティという 概念への興味」はここで生まれたと思います 一度に2つの場所に属する 奇妙な交差点で― どちらかに 完全に属するという訳でもなく この広い空間の中間あたりに 同時に属していました 「アフリカ全体に共通する1つのアイデンティティ」 という概念に取り憑かれるようになりました。

以来 政治、地理、 アイデンティティに関する 本を読みあさり それらが意味することを調べ続けました 同時に アフリカの哲学に関する 深い興味を持ち続けていました 本を読み始めた時 黒人知識層の活動に 惹きつけられました スティーブ・ビーコや フランツ・ファノンといった人達です 彼らは植民地独立運動や 黒人の社会意識といった 複雑な問題に 取り組んでいました 14歳でこれらの 偉大な思想を会得したと思い 私はアフリカの象徴的な政治家の スピーチを聞く事にしました ブルキナファソのトーマス・サンカラや コンゴのパトリス・ルムンバです また入手可能な限りのあらゆる アフリカのフィクションを読みました。

ツイッターが利用可能になった時 私は10代の少女の熱狂とともに そこに飛び込みました 友人たちは 延々と続く私の話を聞くのに 心底うんざりしていたのです。

2011年のことでした 南アフリカ全土とアフリカ大陸では スマホやネットサーフィンをするのに 手頃なデータプランが 手に入れやすくなったので 私たちの世代はこのプラットフォームで メッセージを送り合いました わずか140文字とほんの少しの 創造力さえあれば良いのですから 長い通勤の間や 集中しなければならないはずの 講義中や ランチの休憩時間などに 私達は出来るだけ沢山 やり取りをしました アフリカの若者であるという 日々の現実についてを。

しかし勿論 この贅沢品を誰もが 入手出来る訳ではありませんでした つまり もし皆さんがボツワナの 10代の少女で インターネット上で 楽しみたいとしたら 1つ 英語でツイートしなければなりません 2つ オンラインで知り合いの3人だけを フォローするだけではダメなのです 南アフリカ、ジンバブエ、ガーナ、 ナイジェリアの人をフォローしなくては そうすると 突然世界が開けるのです 私の世界も本当に開かれました。

私は大陸を旅して巡る アフリカ人たちをフォローしました 彼らは自分たちの写真を撮り ハッシュタグ #MyAfricaをつけて 投稿していました なぜかというと 当時は ツイッター、Google あらゆるソーシャルメディアで 「アフリカ」と検索すれば 大陸中どこでも 動物の写真や リゾートホテルでカクテルを飲む 白人の画像しか出てこないような 状態でした(笑)

しかしアフリカ人たちは このプラットフォームを使うことで 観光の分野において ある種の所有権を獲得しました それはナイジェリアのビーチで 自撮りするアフリカ人だったり ナイロビのカクテルバーにいる アフリカ人でした。

それは私自身が大陸中を旅して 出会うようになった アフリカ人と同じでした 私達はアフリカの文学、政治、 経済政策について議論し合いました しかし殆ど決まって いつも 最後にはツイッターの議論になりました その時 私はこれだと思ったのです 私達は何か素晴らしいものの ど真ん中に立っている気分でした 何故なら その時初めて アフリカの若者達がリアルタイムで 自分達の大陸の未来を 国境、財政、監視の厳しい政府などの 制約を受けずに議論する事が出来たからであり、あまり知られていないのですが アフリカの多くの人々は 全体的に 欧米人よりも遥かに アフリカの事を知らない という現実があったからです これは偶然に しかし時折 故意に起こっていました 例えば 南アフリカの アパルトヘイトの下 南アフリカの黒人は 「黒人に支配された国は どこも失敗に向かう」 というメッセージを 常に投げつけられていました 黒人にこう納得させる為に 政策は実行されました 「黒人の自由な国家の下よりも 白人の支配の下での方が より豊かな暮らしが出来る」と さらに アフリカの植民地時代の 旧態然とした教育制度が 1920年代から 何も考えずに引き継がれたままでした 15歳のとき 私は過去200年に ヨーロッパで起きた戦争の あらゆる様々な原因を 言う事が出来ましたが 隣国の大統領の名前は言えませんでした 私にとってそれは おかしなことなのです 何故なら 好むと好まざるとに拘わらず アフリカの人々の運命は互いに 深く絡み合っているからです。

災害が襲い混乱が生じた時 その結果は我々にも波及します ブルンジ人が 政治の混乱から避難する際には 私達の国や 他のアフリカの国々にやって来ます アフリカには世界規模の 大きな難民避難所が6つあります かつてはブルンジの 問題であったものが アフリカの問題となるのです 私にとってはスーダンの問題や 南アフリカや ケニアの問題など 存在しません それは皆アフリカの問題なのです 結局 私達が混乱を 分かち合っているからです。

私達が問題を共有し合うなら うまく成功を共有し合って行こう ではありませんか どうやってやれるのか? そうですね 長期的に アフリカ大陸内の 貿易を増やすことを狙っていきましょう 境界を取り除き 指導者に圧力をかけ 既に署名された地域協定を 実現させるのです しかしアフリカが成功を共有する為の 最も重要な方法は 言うなれば「社会的汎アフリカ主義」を 促進する事です。

政治的な意味での汎アフリカ主義は 既に存在しています ここで私は全く新たなものを 考案しているのではありません しかし政治的汎アフリカ主義は 常にアフリカにおける 政治エリートの集団です それが誰の為になるのでしょうか? そうです ほぼアフリカの指導者の為だけです そうではなく 私が話しているのは 一般的なアフリカ人や 私のようなアフリカの若者にとっての 汎アフリカ主義の事です 私達は創造的なエネルギーと 革新的な考えで一杯なのです 私達は創造的なエネルギーと 革新的な考えで一杯なのです しかし悪しき統治や 当てにならない組織があると その可能性の全ては 無駄になるでしょう ほんの一握りの指導者が 人口の大多数の年齢よりも長い期間 勢力を持ち続ける大陸に於いては 新たな何か、機能する何かが 渇望されています それが 社会的汎アフリカ主義だと思うのです。

私の夢はこうです 境界や状況のせいで アフリカの革新が 息を止めるような事態を アフリカの若者たちがもう許さないこと 私の夢はアフリカの若者が 素晴らしい何かを思いついた時に こう言わない事です 「んー それは自分達の国では無理だ」 そうやって諦めに入るからです 私の夢はアフリカの若者が 気づき始める事です アフリカ全土は私達のカンバス 私たちの故郷なのだと― インターネットを使って私達は共同で 考え始める事が出来ます 一緒に革新し始められるのです アフリカでは こう言います 「早く行きたければ一人で行け しかし遠くへ行きたければ 一緒に行け」と 社会的汎アフリカ主義は いかに一緒に 遠くへ行けるかだと思っています。

そしてそれは既に始まっています これらのオンラインネットワークに アクセスすれば 無理に奪い取らねばならなかった声を アフリカの若者達に届けられるでしょう 今 私達にはプラットフォームがあります それ以前は アフリカの若者の声を聞きたければ 65歳の青少年担当大臣から 伺っていたのです(笑)

彼は朝目覚めると まず胸やけの薬を飲み 若い世代向けに用意した 20年前と変わらぬプランを 語るのです 今までは 何とかして 暴君のような政治の事を訴えたければ 抗議運動を強いられ その影響を被り どこかの欧米の新聞が 自分達に気づいてくれますようにと 祈るしかありませんでした しかし今 私達は これまでにない方法で 互いを支え合う機会が 持てるようになりました。

私達は馬鹿高い学費に抗議し デモ行進をする 南アフリカの学生達や 議会までデモ行進する ジンバブエの女性達や 不法に勾留されたアンゴラの ジャーナリスト達を支援しています これまでで 初めて アフリカの痛みや切望は それを最も切実に 訴えられる人々によって 証言出来るものになっています それは他のアフリカ人です。

1人の社会的汎アフリカ主義者が インターネットをツールにし 考えながら 私達は互いを 救済し始められるようになり 最終的には自分達自身を 助けるのだと信じています。

ありがとうございました(拍手)

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このプレゼンテーションについて

アイディアとインターネット、そして少しばかりの創造性を持った少女が成し遂げられる事とは何でしょうか?シヤンダ・モフツィシバは新しいやり方で、アフリカの若者の声を一つにしなければならないと考えました。モフツィシバやアフリカ大陸に住む他の若者達が国境やそれぞれが置かれた状況を乗り越え、長きに渡り不当に奪われてきたもの ―彼らの「声」にたどり着くために、どのようにSNSを活用しているかを聞いてみましょう

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