iPS細胞技術を活用した未来の医療について

2021.01.20|text by 岡野 栄之

第5回

『研究者を育てる』

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研究者を育てる

最近では初期臨床研修制度の中で研究者への道を選択できるコースも設置されるようになりました。

医学部の入試は難しく、秀才中の秀才が集まります。その方々の中には研究をしたいという人が少なくありません。しかし、初期研修や専門医制度というシステムができあがったがために、研究をしにくい状況になってきました。私も若い人たちの興味が、臨床のみに向かっていることや専門医ばかりになってしまうことに危機感がありました。このような状況の中で、少しでも研究できる人の道筋を作っていくのは大事です。臨床現場の日常の中で、人を助ける仕事はとても大切なものですが、その中で医学の進展に寄与する道を作り、自分でその分野を発展させるという気概を持ってほしいです。
 

新しい道を作るということですね。

医学は絶えず絶えず発展しているものです。それを自分たちで作っていることに喜びを感じてほしいです。臨床でも新しい治療法の開発が必要です。そのために本当に基礎的なことを研究している臨床の研究者もいます。新しい医療機器の導入を考えるのも必要でしょうが、新しい治療法を開発するには臨床研究などの研究的な要素が入ります。治験なども含め、臨床の現場でも新しい治療法を開発することに携われる場所はあります。
 

研究だと心が折れそうになる人もいるのではないでしょうか。

人間ですから、折れることも一杯あります。しかし、折れても、倒れても、起き上がるしか仕方がありません。
 

どのようにして、モチベーションを保てばいいのでしょうか。

知的興味を持ち続けることが大事です。そして、そのために何をしなければいけないのかをよく考えることです。人間だから折れることもありますが、この治療法の開発を任されているのだと思うと、折れっ放しでは駄目で、軟弱なことを言ってばかりではいられません。
 

「患者さんのため」の臨床に比べると、研究は何のためにという気持ちを持ちにくいのかもしれません。

研究者のモチベーションは様々ですね。この基礎研究が、将来何億人を助けることにつながるという観点からモチベーションを高めるのも一つのやり方です。その一方、真理だけを追求して、これが人の役に立つのかどうかなんてどうでもいいという人もいます。ノーベル賞を取った人が、基礎研究が大事だと言うと説得力があって、かっこいいのですが、何のために研究をしているのか分からないまま、意欲がなくなり、しかもアウトプットを出さない方が、同じ事を言ったところで、説得力はありません。多くの場合、研究は国民の血税を使って行うものなので、基礎を究めたい人も、是非その覚悟を持って研究をやってほしいということです。
 

確かに研究には税金が関わっていますね。

そう考えると、遊んでいてもいいのだということにならないですよね。すぐに役立つ研究でなくてもいいので、それなりの責任感を持って研究するべきです。
 

研究資金について

山中伸弥教授が最近、研究の基盤を作るための資金援助をと講演で訴えておられました。

アメリカなどの強い研究所に比べると、日本は旧帝大でもまだ脆弱ですよね。しかし、アメリカではすごい競争があって、競争に勝っている人が強い研究所に行っているわけで、そこまで行かなかった人も山のようにいるわけです。それはプロ野球でもそうだし、どのフィールドにも言えることでしょう。ただ、アメリカはうまくいった人の援助のもらい方が半端ないんです。日本とは雲泥の差ですね。
 

そうなんですね。

そこまで差があると、少ない資金力でもどうやって戦うのかを考えるトレフィンになるかもしれません。しかし、日本で結構なグラントをもらっている人でもアメリカでのライバルと同じようなことをしようとすると全然足りていないというのが事実なんです。だから、例えばiPS細胞を使って研究や臨床をするとなると、別に贅沢をしているわけではなくても、結果を出していくことは難しいです。
 

機材などにもお金がかかりますよね。

私たちはこれでも、とにかく失敗を許されない最小限の予算でやっています。これはがんの世界でも、どのフィールドでも同様です。きちんと研究するにはお金がかかります。
 

著者プロフィール

岡野栄之教授 近影

著者名:岡野 栄之

慶應義塾大学医学部生理学教室 教授

  • 昭和49 (1974) 年 3月 東京都世田谷区立山崎中学校卒業
  • 昭和52 (1977) 年 3月 慶應義塾志木高等学校卒業
  • 昭和52 (1977) 年 4月 慶應義塾大学医学部入学
  • 昭和58 (1983) 年 3月 慶應義塾大学医学部卒業
  • 昭和58 (1983) 年 4月 慶應義塾大学医学部生理学教室(塚田裕三教授)助手
  • 昭和60 (1985) 年 8月 大阪大学蛋白質研究所(御子柴克彦教授)助手
  • 平成元 (1989) 年10月 米国ジョンス・ホプキンス大学医学部生物化学教室研究員
  • 平成 4 (1992) 年 4月 東京大学医科学研究所化学研究部(御子柴克彦教授)助手
  • 平成 6 (1994) 年 9月 筑波大学基礎医学系分子神経生物学教授
  • 平成 9 (1997) 年 4月 大阪大学医学部神経機能解剖学研究部教授
  • (平成11 (1999) 年 4月より大学院重点化に伴い大阪大学大学院医学系研究科教授)
  • 平成13 (2001) 年 4月 慶應義塾大学医学部生理学教室教授〜現在に至る)
  • 平成15 (2003) 年より21世紀COEプログラム「幹細胞医学と免疫学の基礎-臨床一体型拠点」拠点リーダー
  • 平成19 (2007) 年10月 慶應義塾大学大学院医学研究科委員長
  • 平成20 (2008) 年 7月 グローバルCOEプログラム「幹細胞医学のための教育研究拠点」(医学系、慶應義塾大学)拠点リーダー
  • 平成20 (2008) 年 オーストラリア・Queensland大学客員教授〜現在に至る
  • 平成22 (2010) 年 3月 内閣府・最先端研究開発支援プログラム (FIRSTプログラム)
  • 「心を生み出す神経基盤の遺伝学的解析の戦略的展開」・中心研究者 (〜平成26年3月まで)
  • 平成25 (2013) 年 4月 JST・再生医療実現拠点ネットワークプログラム(拠点A)
  • 「iPS細胞由来神経前駆細胞を用いた脊髄損傷・脳梗塞の再生医療」・拠点長
  • 平成26 (2014) 年 6月 文部科学省・革新的技術による脳機能ネットワーク全容解明プロジェクト(中核機関・理化学研究所)・代表研究者
  • 平成27 (2015) 年 4月 慶應義塾大学医学部長(~平成29年9月)
  • 平成29 (2017) 年10月 慶應義塾大学大学院医学研究科委員長(~現在に至る)
  • 平成29 (2017) 年10月 国立大学法人お茶の水女子大学学長特別招聘教授(~現在に至る)
  • 平成29 (2017) 年10月 北京大学医学部客員教授(~現在に至る)
主たる研究領域

分子神経生物学、発生生物学、再生医学

受賞歴
  • 昭和63 (1988) 年 慶應義塾大学医学部同窓会・三四会より三四会賞受賞
  • 平成7 (1995) 年 加藤淑裕記念事業団より加藤淑裕賞受賞
  • 平成10 (1998) 年 慶應義塾大学医学部より、北里賞受賞
  • 平成13 (2001) 年 ブレインサイエンス振興財団より、塚原仲晃賞受賞
  • 平成16 (2004) 年 東京テクノフォーラム21より、ゴールドメダル賞受賞
  • 平成16 (2004) 年 日本医師会より、日本医師会医学賞受賞
  • 平成16 (2004) 年 イタリアCatania大学より、Distinguished Scientists Award受賞
  • 平成18 (2006) 年 文部科学省より「幹細胞システムに基づく中枢神経系の発生・再生研究」文部科学大臣表彰(科学技術賞)
  • 平成19 (2007) 年 STEM CELLS (AlphaMed Press) より、STEM CELLS Lead Reviewer Award受賞
  • 平成20 (2008) 年 井上科学振興財団より井上学術賞
  • 平成21 (2009) 年 紫綬褒章受章「神経科学」
  • 平成23 (2011) 年 日本再生医療学会よりJohnson & Johnson Innovation Award受賞
  • 平成25 (2013) 年 Stem Cell Innovator Award受賞
  • (GeneExpression Systems & Apasani Research Conference USAより)
  • 平成26 (2014) 年 第51回ベルツ賞(1等賞) 受賞
  • 平成28 (2016) 年 The Association for the Study of Neurons and Diseases (A.N.D.) よりMolecular Brain Award受賞
  • 平成28 (2016) 年 慶應義塾大学よりFaculty Award for Internalization 2016 (Impact factor Most Outstanding Award) 受賞
資格・学位
  • 昭和58 (1983) 年 7月 医師免許(昭和58年5月医師国家試験合格)
  • 昭和63 (1988) 年 7月 慶應義塾大学より医学博士
学術誌編集
  • Inflammation and Regeneration, Editor-in-Chief
  • Development of Growth Differentiation, Editor
  • The Keio Journal of Medicine, Editor
  • Stem Cell Reports, Associate Editor
  • eLife, Board of Reviewing Editors
  • Cell & Tissue Research, Section Editor (2003~2006)
  • Neuroscience Research, Associate Editor
  • J. Neuroscience Research, Associate Editor
  • Genes to Cells, Associate Editor
  • International Journal of Developmental Neuroscience, Associate Editor(2000~2003)
  • Stem Cells, Editorial Board
  • Cell Stem Cell, Editorial Board
  • Developmental Neuroscience, Editorial Board
  • Differentiation, Editorial Board
  • Regenerative Medicine, Editorial Board
バックナンバー
  1. iPS細胞技術を活用した未来の医療について
  2. 07. 慶應義塾大学アントレプレナー育成コース
  3. 06. 研究成果を伝える
  4. 05. 研究者を育てる
  5. 04. 再生医療の現状
  6. 03. アルツハイマー病の解明
  7. 02. 脊髄再生への挑戦
  8. 01. iPS細胞技術研究の意義

 

  • Dr.井原 裕 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
  • Dr.木下 平 がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
  • Dr.武田憲夫 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
  • Dr.一瀬幸人 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
  • Dr.菊池臣一 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
  • Dr.安藤正明 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長
  • 技術の伝承-大木永二Dr
  • 技術の伝承-赤星隆幸Dr