岩瀬博太郎教授コラム
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第2回

千葉大学の教授に就任する

《 2018.12.01 》
千葉大学の教授選に出られたときの経緯をお聞かせください。

 教授選考に応募したのは2002年でした。法医の場合、臨床と違って10年のキャリアでも、とりあえず出ていこうという雰囲気になるんですよね。ちょうど千葉大学で席が空いたので、応募しました。もし採用してくださるのなら、移った方がいいと思ったんです。ただ、まだ若かったので、選ばれない可能性もありました。

教授選ではプレゼンテーションをなさったのですよね。

 後で聞いた話では、お神酒につられて法医学教室に入りましたという話が受けたのだそうです(笑)。しかし、法医学の業務についても話しました。私は以前から画像診断や薬物検査を充実させなくてはいけないと考えていました。正確な鑑定のためには様々な検査も必要ですし、そのための設備と人材もいるのですが、費用がないんですね。それでも従来のような無料で検査を行うのではなく、費用を警察に負担させるべきだと主張をしました。東京以外の都市では司法解剖には数万程度の謝金という形での支払いがあるのですが、検査なしの解剖だけでも20万以上かかっているはずなのに、完全な赤字採算で解剖をしていたのです。

それで、2003年の4月に教授に就任なさいました。

 教授に選ばれた時点から、私が実行すべき公約の一つが解剖経費のことだったのです。初日は緊張しましたね。教室の職員ともそこで初めて会いましたし、その日は解剖の予定も入っていたんです。

千葉大学での最初の解剖はいかがでしたか。

 初日は色々な手続きに追われていましたので、ほかの法医の先生が解剖してくれたのですが、その姿に驚きました。東大とは全く違っていたんです。千葉大学では人の臓器を家庭で使うような出刃包丁で切っていました。しかも、まな板まで木製の家庭用でした。普通は解剖用の替え刃のカッターがあるのですが、出刃包丁とまな板での解剖を初めて見ましたよ。解剖用の手袋を使い回していたり、感染対策も不十分でした。千葉大学は赤貧なのだと思いましたね。

そこから先生のご活動が始まったのですね。

 お金がないと何もできないということを痛切に感じました。学部長と事務長に話をしたところ、理解いただき、バックアップしてくださることになりました。国立大学は2004年に法人化を控えていました。それまでは財政法により、文部科学省に属する我々は警察からお金をもらえなかったんですよ。解剖をいくらやっても大学に入れられるお金はゼロ円だったんです。しかし、法人化後は文部科学省の直轄から外れますので、警察から費用をもらえることになります。それで法医学教室の実情と問題点について、県警本部長に説明しようと、請願書を持って陳情に行ったんです。しかし、その日は請願書の受け取りすらしてもらえませんでした。そして、警察庁、法務省、県知事と全てが同じような対応でしたね。
 

NPOを立ち上げる

2006年に法医学教室としては全国初のCTを導入されました。

 レンタルCT搭載車を5日間借りたんです。二百数十万円かかりましたが、大学から出る1年間の教室運営費をほとんどつぎ込みましたよ。これが新聞などのマスメディアに報じられることで、死因究明制度に関する不備や現場の問題を広く知らしめたいという狙いでした。また、雑誌に記事が出たり、衆議院議員の細川律夫さんが国会で質問趣意書を提出してくださったりもしました。

それで変わってきましたか。

 死因究明問題が明るみに出始めたのですが、逆に警察との関係は緊張しました。法医学会からも解剖経費は警察に要求すべきだとの要望が出されるようになり、その結果、2006年には1体7万円でしかなかった謝金のほかに、20万円程度の検査経費が初めて予算化されることになったんです。ただ、私としては半信半疑で実際にお金が入金されるまでは機材を購入したりすることはできませんでした(笑)。その後、政府でも死因究明制度について検討されるようになり、緊張していた警察との関係も良好になり、コミュニケーションが取れるようになりました。

NPOの設立は2008年でしたね。この目的をお聞かせください。

 千葉大赴任直後は、警察から大学へ支払われる費用がゼロ円でしたので、謝金は大学のほうに寄付金として全額振り込んでいましたが、解剖経費が予算化された後は、別の問題が起きました。謝金を大学に入れても、それを、技術職員の安定した雇用などに利用できないのです。ですので、NPO法人を作って、そこに謝金をおさめ、技術職員の手当を支払ったり、非常勤の技術職員が雇止めにあった後にNPOで雇用するなどすることとしたのです。本当はそのようなことは国や大学がすべきことですが、日本の場合は誰も考えてくれないので、自分たちでするしかないんです。

それまでは謝金はどこに入金されていたのですか。

 多くの場合は、教授の個人名義の口座です。千葉大学は特殊で、教授の個人口座ではなく、NPOに入れてもらって、公明正大に謝金を活用しようということにしています。教授に赴任した際に、千葉大学では大学の就業時間中に解剖や諸検査を行っているので、謝金を個人所得とすることはおかしいとの指摘もありました。解剖は複数の教室員が共同作業で実施しているのに、振込先が教授の口座というのも不自然です。

警察から支払われる費用でどういった機材を購入されたんですか。

 例えば、「LC-MS-MS」です。これは日本語にすれば「液体クロマトグラフ・タンデム質量分析器」です。この購入に3500万円のローンを組みました。この装置を使えば、理論的には微量の尿からでも数百種類の薬物を検出することができます。しかし、この装置を持っている大学は日本に数少ないのが現状です。国民にとってはこの現状は恐怖です。

薬物が検出されないままになりますものね。

 薬物検査機器がなければ、薬物を用いた殺人をしたい放題になってしまいます。私の経験から言えば、日本は薬物による他殺事例が少ないことが不思議です。憶測になってしまいますが、薬物による他殺が起こっていないのではなく、発覚していないだけではないでしょうか。あとからある方の死因が「毒殺」と判明しても、既に他の何人かが同じ方法で殺害されていいたというケースがいくつかあります。しかし、多くの場合、事件として捜査が始まっても、肝心の遺体が火葬されており、調べることができなくなっています。

遺体がなければ、鑑定できないですね。

 毒殺による連続殺人ではいくつも犯している殺人の全てを立件できないこともあります。まずは法医学教室に遺体を持ってきてほしいです。法医学者には遺体を持ってくるか持ってこないかを決める権限はなく、それを決めるのは警察なんです。
 

東京の監察医制度

先生は東大から千葉大学に移られたわけですが、警察も警視庁と千葉県警とでは違いますか。

 私が千葉大学に着任した頃、解剖に関しては警視庁も千葉県警もお金を出すシステムはありませんでした。ただ、東京の場合だけは、司法解剖は警察ではなく、東京地検が嘱託するので、東京地検がお金を出していました。

東京には監察医制度がありますね。

 東京は監察医制度に頼りすぎているように思います。司法解剖に回す率は東京が日本で最低です。これは、初動捜査の段階で、犯罪性がないと判断する率が日本で一番高いことを意味していますが、その結果、捜査が十分でない可能性も出てくる恐れがあります。

医務院の方はいかがですか。

 医務院が犯罪をきちんと引っかけてくれるかというと、そもそもそれを目的に設置された機関ではないのです。医務院は法律上、公衆衛生の向上のための解剖をするのであって、犯罪を見極めるための解剖を実施できないのです。ドラマの世界とはだいぶ違うのが現実です。

警察の力が強いということですか。

 そうですね。医務院も確かに役には立っていますが、犯罪を見つけるための解剖はしていないですし、警察の捜査も不十分なこともあるので、犯罪が疑われる場合は医務院が「こんなのをなぜ行政解剖、監察医務院に持ってくるのか、これは大学で司法解剖しろ」と指導することにはなっているのですが、そうならない場合もあり、そのようなときに良くない結果になるのです。その例がパロマガス湯沸かし器事件です。

パロマガス湯沸かし器事件については改めてお話しいただきたいと思います。
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著者プロフィール

岩瀬博太郎 近影岩瀬 博太郎

千葉大学教授

1967年生まれ。
東京大学医学部卒業。同大法医学教室を経て、2003年より現職。
14年からは千葉大学附属法医学教育研究センターの初代センター長も務める。
同年から東京大学大学院法医学教室の教授も兼務し、同センターとの連携を図る。
年間300体以上の解剖を行う。
日本法医学会理事。


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  1. 岩瀬博太郎教授コラム
  2. 02. 千葉大学の教授に就任する
  3. 01. 法医学者を志す

 

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