医者が知らない医療の話
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第36回

COVID-19のワクチン

《 2020.09.10 》

 COVID-19のワクチンがいよいよ現実のものになって来た。政府も億単位のワクチンを確保するという。一定の効果はあるだろうし、何よりこれだけ不安を煽られている人々に対しては少し冷静になれる良い材料になるのでは無いかと思う。少なくとも日本ではCOVID-19よりインフルエンザの方が「危険」なはずだが、イメージは逆だ。(今の季節なら本当は熱中症の方がもっと危険なのだが。)ワクチンも治療薬もあるインフルエンザの年間死亡者数は3000人以上だ。しかもこの人数は、死因をインフルエンザと記載された人のみである。インフルエンザで入院した人でも、肺炎を併発したり、持病が悪化し心不全などその他の病気で亡くなったりした場合は含まれない。(これらを含めると10,000人以上という説もある。)

 死亡診断書の死因はまず「直接死因」だ。この表記自体に問題があると常々思っているのだが、「直接」なら「心不全」や「心肺機能不全」になる。で、心不全だらけになるからなるべく「直接死因」に「心不全は記載しない様に!」とお達しがあった。もうずいぶん前になるけど、ご存知ですよね。どこかの法医学の偉い先生が「実際の死因の統計が取れない!」とかでおしゃったらしい。
しかし、実際亡くなる方は殆どご高齢で長期寝たきりの様な方も多い。この様な方は、当然多くの基礎疾患があるので、亡くなるとき、どれか一つに原因が絞れない。そこへ「直接死因」となると「心不全」ぐらいしか書き様が無い。私は穏やかに亡くなられたご高齢の方は「老衰」としていた。入院上は病名が必要でも、何でもかんでも「病死」にするより、こちらの方が余程実態に合っていると思うが如何だろうか?
 学者さんは実際の臨床現場をご存知ないのかなと思ってしまう。大体、解剖前提の「死体検案書」と一緒の書類になっている(線引いて、「死体検案書」か「死亡診断書」のどちらかを消すことになっている。)こと自体、実情に則さないと思っている。
 10年ぐらい病院を経営していた時に1000枚以上「死亡診断書」書いた、ジクジクたる思いがあるので、長くなりました。すいません。
 閑話休題。で、COVID-19はインフルエンザと異なり、ワクチンも治療薬も無い。しかも、全例PCR検査しているので、基礎疾患など関係なしに全て死因が「COVID-19感染」になっている。それで、死亡者数は8ヶ月で約1300人だ。どちらが危ないか一目瞭然だろう。
 幸いな事に、ウイルス感染症の予防は、どれも一緒で、国民が熱心にうがい、手洗い、マスクなどの感染予防に励んでいるお陰で、今年は、インフルエンザはじめ、手足口病などの小児の感染症も少ないそうな。
 ただ、医療機関にとっては患者さんが減ったということなので、経営的には大問題だけど。
 COVID-19を感染症の二類相当(実質一類)から外して、事実を喧伝し不安を取り除かないと、この混乱は収まらないと思う。まあ、その一つの要因が「ワクチン」ならそれもありかなとは思うが。

 ところで、前置きが長くなりすぎたが、今回何を言いたいかと言うと、そのワクチンについて。つまり、「大丈夫かなぁ?」と言うお話。
新型のウイルスなのに驚異的に早くワクチン開発が進む一方、政府が始まる前から「企業の副作用の損害賠償責任は問わない。」と宣言しているぐらいだから、結構危険性はあるのだろう。新型ウイルスで、突貫工事で作ったワクチンだからねえ。緊急性と安全性は常に相反するから、企業も「そこまで安全性に責任持てません!」と言うのも仕方ないのだが。
 いろいろなワクチンが開発されている中で、日本では現状モデルナ社の新型コロナワクチン「mRNA-1273」が第3相試験に入っているとかで、トップバッターになりそうだ。他の疾患でも認可実績の無いmRNA(messennger RNA)ワクチンが最初と言うのにはちょっと驚いたが、世界中でいろいろな形式のワクチン開発競争をしていて、取り敢えず、mRNAワクチンが最初に実用化されそうなので使うと言う事だと思う。何と言っても「緊急事態」なのだ。
 なんせ、世界最速の対COVID-19ワクチンが、その名も「スプートニクV(ブイ)」だ。もはやワクチンというより国家の威信をかけた最新兵器の様なネーミング(どこかの栄養ドリンクっぽくもある)。第3相試験ぶっ飛ばしての承認で、どう見ても「政治判断」と思えてしまう。日本政府としては流石に採用するわけにはいかないだろう。ひょっとしたら、良い物かもしれないのに、悪いイメージがついてしまったな。開発者の方々は泣いているかもね。ロシアは侮れませんよ。

 そこで、先生方にはちょっとくどいかも知れないが、結構一般の方も見られているそうなので、基本的な所から。

 ワクチンの形態としては大きく「生ワクチン」「不活化 ワクチン」「コンポーネン トワクチン」がある。
(1) 生ワクチンはそのなかで最も免疫獲得効果がある。生きたウイルスや細菌の病原性を、症状が出ずに免疫が作れる限界まで弱めた製剤。長所として自然感染と同じ流れで免疫ができるので、ワクチンの種類によっては、2~3回の接種が必要なものもあるが、大体は1回の接種でも充分な免疫を得る事ができる。短所として、ワクチンの原疾患の症状がでることがある。
(2) 不活化ワクチンは、ウイルスや細菌の病原性を完全になくして、免疫を作るのに必要な成分だけ生成したもので、接種しても、その疾患になることはありませんが、免疫原性は弱く、1回の接種 では免疫が充分にはでず複数回の投与が必要。トキソイドワクチンも広義ではこの仲間。
(3) コンポーネントワクチンは、抗原をさらに最小化した製剤。副反応は少なくなる が,免疫原性も弱くなる。
 COVID-19ワクチンはこの中の(2)不活化ワクチンおよび(3)コンポーネントワクチンの範疇だが、色々な製造法が試みられている。

以下次号

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著者プロフィール

中川 泰一 近影Dr.中川 泰一

中川クリニック 院長

1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。


バックナンバー
  1. Dr.中川泰一の
    医者が知らない医療の話
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  3. 78. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅲ
  4. 77. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅱ
  5. 76. 中国訪問記Ⅱ
  6. 75. 中国訪問記
  7. 74. 口腔内のマクロバイオームⅡ
  8. 73. 口腔内のマクロバイオーム
  9. 72. マクロバイオームの遺伝子解析
  10. 71. ベトナム訪問記Ⅱ
  11. 70. ベトナム訪問記
  12. 69. COVID-19感染の後遺症
  13. 68. 遺伝子解析
  14. 67. 口腔内・腸内マクロバイオーム
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  18. 63. 腸内フローラの影響
  19. 62. 腸内フローラと「若返り」、そして発癌
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  31. 50. ヒト幹細胞培養上清液
  32. 49. 日常の診療ネタ
  33. 48. ワクチン騒動記Ⅲ
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  73. 08. 食物繊維の摂取量の減少と肥満
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