医者が知らない医療の話
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第4回

なぜ免疫療法なのか? (1)

《 2018.1.10 》

 一般的に10mm以下の癌は画像で捉えられない。「オレは5mm以下でも見付けるぞ!」と言われるエコーの名人の先生もおられるが、はてそんな先生が何人おられるだろうか? 一般の患者さんがそんな先生に見てもらえる確率は限りなく低い。早期癌にしろ再発にしろ、画像に捉えられない癌は、オペや放射線治療の対象にならない。腫瘍マーカーが高いと言うだけで、副作用の強い抗癌剤を投与するわけにもいかない。オペ後に念のためちょっと流すのが関の山だ。こういう場合「免疫療法」が現在唯一の選択肢なのだ。また他臓器に転移していたりした場合も、標準療法では抗癌剤しか選択肢はないが、効果と副作用を考えると効果的とは言いがたい。こんな時にも副作用の心配のほとんどない免疫療法が選択肢になる。全身状態がかなり悪化していても治療可能だ。

 免疫治療が優れている点をもう一つ。それは、「癌幹細胞」に対して現在のところ唯一の治療法であると言うことだ。一応、未だ「仮説」となっている「癌幹細胞」だが、色々な癌で証明され、ほぼ間違いないのではないかと思う。癌の転移やら再発に関しても理屈が通る。そして、癌治療の概念自体も変えなくてはならない程の重要な事なのだ。

 癌には単なる「癌細胞」と「癌幹細胞」がある。細胞は自分と同じ細胞にしか分化出来ないので、「癌細胞」は「癌細胞」にしか分化できない。ところが、「幹細胞」は別の形態の細胞に分化できる。「癌幹細胞」は「癌細胞」にもなり「癌幹細胞」にもなる。これは「女王蜂」に例えられる。「働き蜂」を生み、「女王蜂」も産むからだ。つまり、「癌幹細胞」が体のどこかに残っていれば、癌は再発すると言う事だ。

 オペで完全に切除され、念のため抗がん剤も投与した癌患者さんが結構早期に再発する事があるのは、単に「癌細胞」が残っていただけではなんとなく納得出来ないが、より増殖能の大きな「癌幹細胞」が残っていたと考えれば理解しやすい。現在の抗癌剤は「癌細胞」は殺すように設計されていても、「癌幹細胞」は殺せない。病理の診断をしていた時、たまに、小さな腫瘍径にもかかわらず高分化型の中に中分化型や低分化型が混じっている症例に出くわす事があった。一般的な高分化、中分化、低分化と癌細胞が分化していくという考えなら、随分と歪な分化をしている印象だったが、「癌幹細胞が分化度の異なる癌細胞を生み出していた」と考えると説明がつくのではないか。

 ともかく、「女王蜂」の「癌幹細胞」が残っている限り癌は完治しないし、再発してくるという事だ。
 正常な人でも1日に約5,000個の癌細胞が発生している。しかし、「免疫」が働いているので、これらの癌細胞は処理され「発癌」しない。この「自然発生」している癌が実は「癌幹細胞」であるとの説もある。こうなると、免疫療法の重要性の高さのみならず、予防的にも免疫を活性化するのが大切になってくると思う。

 医学的には利点が多い免疫療法だが、保険収載されていないので患者さんの経済的負担が大きい。内容にもよるが、150万円から300万円辺りが相場ではないか。ただ、抗がん剤治療にしたってトータルするとなんだかんだで数百万円かかるケースが多い。高額療養費制度もあるが、免疫療法を始めとする「自由診療」がやたら高いと言うのはおかしいと思う。生涯払ってる「社会保険料」を含めると、本当に保険治療が安いかどうか。
 本当にかかっている治療費は、保険診療でも、治療費は癌患者一人当たり平均で1,000万円ぐらいのはずだ。最近は更に高価な抗がん剤が出てきているので一人当たり4,000万円とか5,000万円とか掛かっている。それに比べると免疫療法などはむしろ安いと思うが、いかがだろうか?

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著者プロフィール

中川 泰一 近影Dr.中川 泰一

中川クリニック 院長

1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。


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